山口家のタブー

筆者は家庭にタブーが生まれるとき、「短絡的思考」「断絶・孤立」「羞恥心」の3つがそろうと考えている。

結婚が認められないからといって駆け落ちした山口さんの両親は、間違いなく短絡的だった。一時的に燃え上がった2人の熱は長続きせず、山口さんが物心ついた頃には仲が良いとは思えない夫婦に成り果てていた。

また、菓子工場で働いていた父親とその工場の娘だった母親は、全く畑違いの会社を夫婦で始めたが、山口さんの話では、事業がうまくいっていたとは言い難かったようだ。そのことも夫婦仲悪化の要因になっていたと思われる。

子ども嫌いの母親は育児にわれ関せずで、化粧品販売の仕事に夢中。父親は建設会社を経営しながら子育てを担うが、多くの家庭では子育てを主に担うのは母親だ。おそらく父親では、母親同士のコミュニティには入れなかっただろう。

自己中心的で、化粧品販売の仕事に夢中な母親も言わずもがな。山口家は社会から孤立していた。だから山口さんは、自分の家庭や母親が他と違うことに気付くのが遅れてしまった。

母親の異常性に気付く大きなきっかけとなったのは離婚だった。離婚後に母親から離れ、小さなアパートで暮らすことを選んだこと。母親に内緒で夜の仕事を始めたことが、山口さんにとって母親から自立する大きな転機となったに違いない。

自分の力で子ども2人を養い、育てていく中で自信がつき、従業員やお客さん相手に好き勝手に振る舞う母親を目の当たりにするうちに、この人は「おかしい」「異常だ」と感じる自分の感覚が確信に変わっていったのではないだろうか。

毒の連鎖

現在山口さんは、母親と絶縁し、自分で美容関係の会社を経営している。「絶縁とクビ」を選んだ山口さんは初めての起業。不動産屋を回り、資金調達方法を考えた。

だが、その道を阻んだのは、母親の会社の借金の連帯保証人になっていたことだった。

独学で起業の勉強しながら事業計画書を作り、4軒の銀行と商工会議所に融資を依頼しに行ったが、「連帯保証人になられているので、これ以上の融資はできません」とすべて断られてしまう。

一方では支払いを滞る母親のせいで、銀行からの督促電話は毎日のようにかかってくる。山口さんは鬱になりそうだった。

らちが明かないため山口さんは、市外にある銀行まで行って相談。すると、その銀行の支店長は連帯保証人になっていることを知った上で、「信用商売なので嘘はなしにしてください。あなたを信じます」と言って500万円の融資を受け入れてくれた。そのお金で山口さんは母親の会社の負債を一部負担。晴れて自由を手に入れることができたのだ。

旦木瑞穂『毒母は連鎖する 子どもを「所有物扱い」する母親たち』(光文社新書)

「今思えば正常な判断ではなかったと思います。そのときはただ、母との関係がこれで終わるなら。この取り立てから逃れることができるのなら。それしかないと思ったのです。結果私は500万円の借金を背負いましたが、自由と子どもたちを金銭トラブルに巻き込まなかったこと、起業して得た仕事と再婚した夫との静かな暮らしを得られました。絶縁した母が失ったものは計り知れないと思います」

4年前にはその500万円も完済した山口さん。子どもたちは成人し、それぞれ結婚して幸せに暮らしている。自身は50代となって心が平安になった今、母との関係をこう振り返る。

「私の母は毒母ですが、それでも私は母のことが好きだったんだと思います。嫌われたくない。愛してほしい。幼い頃は必死でした。それは私が大人になって、母の言動に嫌気がさしても変わらなかったのでしょう。母の機嫌をとるために、連帯保証人の欄に名前を書いてしまいました」

山口さんいわく、母親の5人の姉妹たちは全員毒母となっており、現在も毒の連鎖が続いているという。おそらく母方の祖父母も毒親だったのだろう。

「毒親育ちの私ですが、私は子どもたちを毒牙にかけず、無事に育てられたかな……? これからも遠くから見守っていきたいと思います」

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