心の崩壊

「母は、常に一番でなければならない“女王様”です。相当な自己中であるため、会社のスタッフやお客様ともよくトラブルを起こしていました。そのたびに“家来”の私は、謝罪や仲裁に奔走していました」

母親の前で山口さんを褒める人が現れようものなら、みるみる不機嫌になる。

「お願いだから、そっとしておいて。私を褒めないで。いつもそう思っていました」

しかし母親の会社で働き始めて約20年。ずっと反抗期もなく従順ないい子だった山口さん(当時43歳)だが、母親に振り回されてきた人生についに嫌気がさし始めた。言いつけを守らなくなっていく山口さんに苛立ちを感じた母親は、他の従業員をいじめ始める。いじめられた従業員は、耐えきれず辞めていく。

従業員に辞められて困るのは、穴埋めをする山口さんだった。求人を出して採用するが、母親は「勝手に採用した!」と激怒。採用したばかりの新人をいびり、1週間で追い出してしまう。ある新人が辞めた日。ドヤ顔で母親は言った。

「ほら見てごらん、すぐ辞めていったろ? あんたに見る目がないのが分かったか! あんな人を雇った責任はどう取るつもりかね?」

渋々謝罪する山口さんに、母親は畳みかける。

「口先だけで謝るのは簡単よ。土下座してもらおうか?」

大通りに面したガラス張りの店の中で、いつ客が来るか分からないという状況の中、山口さんは土下座した。山口さんが床についた自分の手を見ると、細かく震えていた。

しばらく土下座をしていた山口さんだが、母親が何も言わないので顔を上げると、母親は笑っていた。顔を上げ、立ち上がろうとした山口さんと目が合った途端、こう言った。

「あんたかわいいねぇ。抱いてあげる!」

母親は山口さんに抱きついた。山口さんに、そこからの記憶はない。

「長年、必死で保ち続けていた私の心は、この時に崩壊したのです……」