現在もある効果のない治療

クレスチンやピシバニールにかかった医療費は、ピーク時には年間数百億円、累積では一兆円を超えたといいます。その後、有効性は確認できず、クレスチンは販売中止、ピシバニールも一部の良性疾患には使用されているものの、がんに対する標準医療とはみなされていません。終末期のがん患者さんの心の安寧に一定の役割を果たしたことは否定しませんが、それにしたって高額すぎます。結果的には膨大な医療費の無駄遣いでした。

最近でも効果が明確でないまま投与されていた薬はあります。緊急避難的に投与が容認された新型コロナウイルス感染症に対するアビガンやイベルメクチンもそうです。そのほか、とても興味深いのが、現在も販売されている日本独自の免疫賦活剤「丸山ワクチン」です。

丸山ワクチンは、クレスチンと違って承認されておらず、保険適用にもなっていません。しかし、現在も有償治験薬として実費を負担することで使えます。丸山ワクチンの薬剤費(実費)は40日間で9000円と、それほど高額ではありません。何十万円もの対価を取る自費診療クリニックのがん治療と比べると良心的です。副作用もほとんどありません。が、効果も証明されていません。

もともと丸山ワクチンは結核菌の抽出物で、当初は皮膚結核に対するワクチンとして開発されましたが、肺結核患者に肺がんが少ないことにヒントを得て、がんに対しても使われるようになりました。しかし今では、結核はむしろ肺がんのリスク因子であるとされています(※1)。丸山ワクチンが開発された当時は、肺がんにかかるまで長生きできた結核患者が少なかったゆえに誤認されたのかもしれません。皮肉なことです。

※編集部註:初出時、ピシバニールについて一部規格の販売中止を、誤って全面販売中止のように記載しました。現在もピシバニールは販売中です。お詫びし訂正いたします(2024年2月22日13:30追記)。

※1 Tuberculosis and risk of cancer: A systematic review and meta-analysis

写真=iStock.com/Totojang
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エビデンスのない丸山ワクチン

以前、週刊誌やテレビ番組などでは「丸山ワクチンはがんに著効があるのに承認されなかった」という論調で報道されたのを覚えている方もいるかもしれません。

しかし、承認されるだけの十分な科学的根拠はありません。同じく根拠不十分であったクレスチンやピシバニールが承認されたのに丸山ワクチンが承認されなかった理由については、クレスチンの開発者が競合となりうる丸山ワクチンを故意に妨害したとか、丸山ワクチンの開発者が東大出身ではないので学閥の壁につぶされたという話まであります。

「本当にがんに効く薬が承認されると困る製薬会社の陰謀によってつぶされた」といった陰謀論もよくあります。ただ、承認されていれば今頃はクレスチンやピシバニールと同じく販売中止になっていたかもしれません。公的保険財政に影響しないので大目に見られていたという面もあると思います。人間万事塞翁が馬です。

ただ、これまで何十万人もの人に使われたものの、いまだに丸山ワクチンががんに効果があることを示した質のよいエビデンスはありません。丸山ワクチンを支持する人たちは「これだけの使用実績がありながら、なぜ保険適用されないのか」などとおっしゃいますが、エビデンスがないから保険適用されないだけです。