特効薬がない場合、そのこと自体への不満もあって、検証が不十分な薬であっても「効く」というウワサがあると「飲んでみたらいい」と思いがちだ。しかし内科医の名取宏さんは「効果を誤認することはよくある。検証不十分な薬にはリスクもあるため、判断は保留すべきだ」という――。
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効果に乏しい薬が存在した理由

現在、薬が承認されるまでには長時間かけて検証が行われます。新薬候補の物質が承認に至る確率は数万分の1ともいわれるほどです。

基礎研究や動物実験で一定の安全性や効果が期待できる新薬候補の物質を絞り込んだのち、通常は少数の健康な成人を対象に安全性や薬物動態を評価する第1相試験、比較的少数の患者さんを対象に安全性と有効性を評価する第2相試験、多くの患者さんを対象にした第3相試験を経て、十分な安全性と有効性が確認できた薬だけが承認されます。市販後調査といって承認・発売された後も検証は続きます。いったんは保険適用された薬でも、再検証によって効果が確認できない場合は、承認を取り消されることもあります。

しかし、昔は十分な検証が行われないまま薬が承認されてしまうことがありました。承認された薬に効果がなかったり、そればかりか広く健康被害が生じて社会問題になったりしたのです。現在の薬の承認の仕組みは、以前の過ちを踏まえて成立しました。現在の仕組みも完璧というわけではありませんが、少しでも安全で効果的な薬を開発する努力が続けられています。

たとえば、抗がん剤の進歩は著しく、現在では多くのがんに対して抗がん剤は標準的な選択肢として使用されています。最近承認された抗がん剤は、薬を使わない場合(もしくはそれまでの標準治療)と比べて、薬を使ったほうが生存期間が長かったり、再発リスクが下がったりすることが臨床試験で確認されています。一部のがんは手術なしに薬物療法だけで治る可能性まで出てきました。

効かなかった日本独自の抗がん薬

一方、昔の抗がん剤はあまり効果がありませんでした。さらに今と違って血球減少や嘔吐おうとといった副作用への対策も不足していたのです。だから、現在でも抗がん剤は効かないという誤解があるのでしょう。

当時、効果に乏しい抗がん剤が使用されていた理由は、検証が十分でなかったため、また医師の経験則が重視されていたため、「何も治療法がない」という状態に医師も患者も耐え難かったためだと思います。手術で取り除けないがんに対して、以前は効果のある治療はほとんどありませんでした。何も治療をしないでただ死を待つより、ダメで元々でも何か治療をしたいというのは自然な感情です。

1970年代に日本独自の抗がん剤として、「クレスチン」「ピシバニール」といった薬が登場しました。クレスチンはキノコの一種であるカワラタケ由来の多糖類、ピシバニールは溶連菌の抽出物です。どちらも免疫系を刺激し、がん細胞に対する免疫応答を強化することで抗がん作用を発揮するため、細胞分裂を阻害する細胞障害性抗がん剤と違って副作用が少ないとされています。

理論的には効きそうに思えますが、現在の基準から言えば検証がきわめて不十分なまま承認されました。実際、副作用が小さいのは事実ですが、臨床的にはほとんど効きません。私が臨床医になった30年前にはすでにクレスチンやピシバニールはあまり使われていませんでした。かろうじてピシバニールが、抗がん剤としてではなく、胸水貯留を防止するために胸膜を癒着させる薬剤として使用されていたくらいです。