まずは見たまま、感じたままを口にしよう

ゴミ出しに行ったとき、同じマンションの住人らしき女性が、

「あ、金木犀の香り……」

と、ひとり言のような、知っている人に言うようなさりげなさで、つぶやいたことがありました。「ほんといい香り。どこに木があるんだろう」と私もつぶやくと、「ほら、あそこよ。もうそんな季節なのね」「この甘い香りで秋を感じますね」と笑い合って、ときどき声をかけ合う顔見知りに。

一緒になにかを感じて体験することは、一気に心を近づけてくれるでしょう。

わざわざ話題を考えるのではなく、その場でその瞬間「見たまま、感じたままを口にする」だけで、気負わずに話しかけられるのです。たとえば「きれいな夕日!」「今日は蒸しますね」「鳥の鳴き声が聴こえません?」「ぽかぽかして気持ちいいですね」と五感で感じたことを口にするのです。まるで前から顔見知りだったようにさらりと。

いきなり「私はこのマンションに住んでいまして……」とか「お仕事はなにをされているんですか?」などと、野暮な自己紹介をするよりも自然に会話が始まります。

パーティや居酒屋などで同席しているときは、「その料理、美味しそうですね」「カレーの匂いが漂ってきません?」「このパスタ、温かいかと思ったら冷たかった」と食の話題に事欠きません。目や耳に入ってくるものから「あそこに掛かっている絵、面白くないですか?」「このソファー、フカフカで座り心地がいいですよね」「あ、この曲、すごい好き」など、なにげないひと言で人柄を伝えることができます。

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相手に対して感じたひと言、たとえば「素敵なお帽子ですね」「これからジョギングですか?」「荷物が重そうですね。持ちましょうか」なども乗ってくる確率大。

まずは、最初の言葉を発することが大事。ひと言でも相手が受け取ってくれれば、相手と自分の“境界線”が取り払われます。互いにふっと肩の力が抜けて安心感が生まれ、つぎの言葉も出てきやすくなるのです。

第一声は「どこから来たの?」より「お手洗いはどこ?」

あるバンドの大阪でのコンサートに一人で行ったときのこと。右どなりは40代くらい、左は20代の金髪でギャルっぽい格好をした女性で、それぞれ一人で来ているよう。右側の人に話しかけようかなと思っていたら、その女性が私のほうを向いて……、

「お手洗いって、どこにあるか知ってます?」

「私、初めてなんでわからないんですよ」とキョロキョロしていると、左のギャルが「右手の入り口の近くにありました。いまのうちに行ったほうがいいかも」と親切に教えてくれたのです。

そこから「もしかして昨日も来た?」「はい。一応、全公演」「ぎゃー、いろいろ教えて!」と意気投合。九州、四国、北海道から来て年齢もバラバラな3人は、まるで最初から知り合いだったようにコンサートを楽しんだのでした。

なにかの目的でそこにいて、通りすがりに近い相手に、いきなり「どこから来たの?」「おいくつ?」などと相手の情報を聞くと、昨今は不審者扱いされることも。

「なんで聞くの?」と言いたくなる、意図のわからない質問は警戒されるのです。

そんなとき、「お手洗いはどこ?」「このビルに自販機はある?」「このセミナーは何時まで?」「遠くの貼り紙、なんて書いてあります?」など、自分でも相手でもない“第三のこと”を話題にすると、質問の意図も明確。しかも「困っているから、どうにかしてあげなきゃ」と、ほぼ100%の確率で応えてくれます。

それらを話しかける口実にしてもいいではありませんか。話しかけたいときは、わざとらしくない程度に「ちょっと聞いてみたいことないかな?」と考えるのです。

少しでも話すと、「先ほどは、ありがとうございました。私、この会に参加するの初めてなんですよ」「じつは、私もです」なんて、互いのことも話しやすくなります。

自分でも相手でもない“第三のこと”を話題にする「三角話法」は、私もよく使う手。これをやると、世の中の人はなんとあたたかいのだろうと思えてくるのです。