大企業に居続けなくてよかった

【鳥越】「妻の実家のとうふ店」に入社する前を振り返ると、自分自身も、大企業(雪印乳業、当時)の営業マンだった時代は、どちらかというと人のダメなところが気になるタイプでしたし、ちょっと調子がいい時も「そんなのはたまたま、今のうちだけだよ」とかクサされて育ってきました。

山中浩之『妻の実家のとうふ店を400億円企業にした元営業マンの話』(日経BP)

やっぱり大企業にいますと、「代わりはいくらでもいる」し、みんなが全力を発揮しなくても生き延びることができるので、評価もやる気を引き出すより、「調子に乗せない」ほうに行くんですよね。サーイエスサーって聞いていたんですけど、今考えると「いや、あなたのいうことってそこまで絶対だったんでしょうか」ということも多いです。

とはいえ、あのまま自分が雪印で主任になり課長になったとしたら、どうやっていただろうかというと、たぶん同じことを部下にやっていたんだろうなと思いますね。「俺の時代は」と過去の自慢話をして、せっかく成果をあげて意気揚々としている部下の鼻っ柱を折る、みたいな。自分が勉強してなかった親に限って、子供には勉強しなさいと言ったりするようなものですかね(笑)。なので、相模屋に入って、そして再建会社の人たちと会うようになって、すごくよかったと思います。(第3回に続く)

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