結婚と妊娠
無理をすれば、どこかに歪みができる。同棲から3カ月ほど経った頃、吉野さんは彼が寝静まった後、こっそり起き出してはお酒を飲み、インスタントラーメンをそのままかじるようになった。ダメだと思えば思うほど、やらずにはいられなかった。
「もともとだらしがない私は、普通に生活することさえ、頑張らないとできません。頑張ることができなくなったら、尽くす私が“ニセモノ”だと彼にバレてしまう。『母のように惨めにはなりたくない』『捨てられる前に逃げよう』と思った私は、彼に『距離を置きたい』と伝えました」
彼は戸惑いつつも、了承してくれた。同棲を解消しても彼の態度は一切変わらず、毎晩電話をしてくれた。そんなところに吉野さんは、また惹かれていった。
出会ってから1年半後に2人は結婚。反省を活かして、吉野さんは仕事を辞めた。その後夫は転職し、隣の県に転勤になった。友人知人のいない土地で、朝夫を仕事に送り出すと、吉野さんを寂しさが襲う。
吉野さんは買い置きの缶ビールに手が出ると、気が付けば3リットル分の空き缶が転がっていた。いつしか眠ってしまっていた吉野さんは、慌てて夕飯の支度をし、何食わぬ顔で夫の帰宅を待った。
そうして、毎日昼間からお酒を飲む生活が始まった。
ところがある日、体調がいつもと違うことに気付く。病院に行くと、妊娠2カ月だった。
途端に生活は一変。逃げ出してから一度も帰っていなかった実家にも、よく帰るようになった。
「『あんなに飲んでいて、赤ちゃんは大丈夫なのだろうか』と不安に思い、安心したくて関連書籍を読み漁ったり、『自分はこんなに幸せなんだ』と母に自慢話をしたくて実家に帰っていました」
実家を出てから、5年経っていた。その間に妹は、良い専門家と出会い、嘘のように落ち着きを取り戻していた。
里帰り出産
吉野さんが不在にしていた5年の間に、実家の雰囲気は驚くほど変わっていた。吉野さんが里帰り出産を選ぶと、母親は温かく迎え入れ、かいがいしく世話をしてくれた。父親は、子育てに必要なものをこれでもかと言うほど買い与えてくれた。妹は、ウサギの耳がついた可愛らしい服を手作りしてくれた。
吉野さんが出産すると、妹は、「この子に出会えて、初めて生きていて良かったと思えた」と言った。
吉野さんは、「夫の両親も、友だちたちも、みんなが祝福してくれている」「私は母よりも幸せになれたんだ!」という思いで満たされていた。
1カ月後、吉野さんは実家を後にした。
「さんざんお世話になっておいて、両親や妹にまともにお礼も言いませんでした。当時の私は、『孫を産んだんだから、世話してくれて当たり前』と思っていました」
長女は手のかからない子だった。母乳をよく飲み、母子手帳に書いてある標準値そのままに成長。首すわりも腰すわりもハイハイも、全部標準月数だった。心配事はなかったが、吉野さんは赤子と2人きりで何をしたら良いかわからず、毎日ベビーカーを押して散歩ばかりした。夫の転勤先では友だちを作る気にもなれず、孤独だった。
テレビを見られるようになると、一日中つけっぱなしにして、吉野さんは隣でマンガを読んだり、居眠りしたりした。長女が歩くようになると、毎日公園へ連れて行き、長女が遊ぶ様子をひたすら眺めていた。
あまりにも退屈で寂しくなると、実家の両親を呼んで泊まってもらった。「困っているときはいつでも駆けつけるよ」という両親。いつも怒鳴っていた母親、いつも不機嫌だった父親は、もうどこにもいなかった。(以下、中編へ続く)