航空産業への参入には高い障壁があった

2004年、「世界挑戦」という野望を胸に順一郎さんは、航空機の本場米国を目指す。業界とのパイプのあった当時の石井郁太郎専務が順一郎さんの話を聞き、オハイオ州シンシナティ市にある金属検査や構造評価のトップ企業、Metcut社を訪れる。この訪問は彼にとんでもないカルチャーショックを与えた。

営業をしなくても仕事の依頼がある。納期の決定権がある。何から何まで自分の会社で行い、検査結果は正確で発注者の信頼を裏切らない。発注した「お客様」からリクエストされた納期に合わせて、必死で仕事をするのが当たり前の日本ではありえない発想と会社だった。「世界をリードする、フルサービスのトップ企業は凄い」。

しかし、航空分野に参入するには、どうしても米国MTS社製の疲労試験機器を導入しなければならなかった。世界レベルの航空機エンジンの試験は、MTS社の試験機の数値でしか認定が下りず、正式な数値として認められないからである。

日本製の同様の検査機器は、確かに安価だが、航空機の世界的な公式数値としては採用されない。この数値がないとエンジンも機体も米国や世界の航空認可が降りない。新事業への参入には困難がつきものだが、こんなところにも高い障壁が存在していたのだ。

高額な試験機器を購入し、国際的認証に挑戦

早速、順一郎さんは社内で「僕がホラを吹いていると思っているかもしれないが」と切り出し、「企画戦略」=「キグチテクニクスのブランド化」という考えを提案して、金属の疲労試験業務に足を踏み出す。1号機はもちろん世界最高のMTS社の試験機械。一台当時5000万円。日本製の約2.5倍だった。

社内では、「社長の長男のワガママ」と冷たい空気も流れたという。順一郎さんの夢、航空産業への参入という壮大な計画は、さすがに田舎の会社では理解できない。しかし、MTS社の機器でなければNadcap(ナドキャップ)という国際航空宇宙産業、防衛部品製造の世界的統一基準の国際的認証プログラムも取得できない。これを手に入れないと仕事はない。

撮影=プレジデントオンライン編集部
航空宇宙製品の製造・試験に携わるために必須のNadcap認証

今では、日本でも少しずつNadcap認証を取得しようという企業が出てきたが、当時は異例だった。なにせ、日本でこの認証を受けた独立系会社はまだ1社しかなかったのだ(2023年現在は7社が取得)。まさに最難関だった。