臨床医は常に知識を更新すべき

2019年の日本の高血圧治療ガイドラインでは、75歳未満の降圧目標値は130/80mmHg、75歳以上の高齢者は140/90mmHgです。降圧目標値は、年齢だけでなく、糖尿病や慢性腎臓病といった他のリスク因子の有無によっても異なります。高血圧治療ガイドラインは全文がインターネットで公開されていますので、興味がある方はぜひ検索して読んでみてください。

患者さんの健康と命を預かる臨床医は、常に知識を更新し続けなければなりません。1999年時点ですでに「年齢に定数を加えた数字を正常値とする古い知識に基づいて考えることはもはや許されない」と指摘されています(※3)。それなのに、2023年の現在も特に根拠を示さず、「年齢+90という昔の収縮期血圧の基準は当たっていると思います」と主張する医師もいます。過半数を超える高齢者が高血圧と診断されることが、現基準に対する疑問になっているようです。

しかし、例えば今の小学生の7割以上が近視だからといって、近視の診断基準がおかしいと言えるでしょうか。もちろん、言えませんね。診断基準をより狭くして、視力がすごく悪い人だけを近視だと診断して他を正常とするより、遠くのものが見えにくくて困っている子供全員を支援したほうがいいでしょう。それと同様に臨床医は患者さんが他の同年代の人と比較して血圧か高いかどうかより、どんな治療を行えば将来の病気を予防できるかを検討します。

※3 The paradigm has shifted, to systolic blood pressure

写真=iStock.com/Zbynek Pospisil
※写真はイメージです

ガイドラインだけが全てではない

しかも、臨床の現場では、ガイドラインにおける降圧目標値だけで治療方針を決めることはありません。高血圧の標準治療において、高齢者に対する治療方針は、若年層とは異なります。若い患者さんは、今後の人生を考えると厳格な降圧治療から得られる利益が大きいもの。一方、高齢の患者さんは治療から得られる利益が相対的に小さく、副作用も出やすいためです。

降圧剤の副作用で腎機能が低下したり、立ちくらみが起こったりする場合は、無理に血圧を下げないようにします。患者さんの価値観も大事です。少しでも将来の心疾患リスクを下げたい患者さんもいれば、将来のリスクを重視するよりもあまり薬を飲みたくないという患者さんもいます。

そもそも臨床試験に参加できるような「元気な高齢者」に対する降圧治療の有用性は確認されていますが、高齢者がみな元気とは限りません。筋力低下や認知症などといった身体的機能や認知機能の低下がある高齢者に対する降圧治療の有用性については十分なエビデンスがないのです。いくつかの観察研究によると、身体機能や認知機能が低下した高齢者の場合、高血圧の治療を受けているほうが死亡率が高いことが示されています(※4)。臨床医は血圧を治療しているのではなく患者さんを治療しているので、個別の事情を考慮して治療方針を変えるのが普通です。

※4 Hypertension Management in Older and Frail Older Patients