望ましい行動へと促す「ナッジ」
私たちが野生の象と接しようとする時は、事前に象の習性を調べ、実際にその象の行動をよく観察して、入念に準備してから少しずつ近づきます。そうしないと、象が大暴れしてしまうからです。でも、象のような存在であるはずの「直感」に接する時は、あまり考えずに無防備なまま駆け寄っていきます。これでは相手の直感が大暴れしても仕方がないです。
行動経済学は、直感を象に見立て、象とどう付き合っていけばよいのかを教えてくれます。世界の研究から、象(直感)は、時間帯によって話の受け止め方が変わり、話の最初と最後の印象を強く持つことが明らかになってきました。このような象の習性を知ると、人との接し方も見えてきます。
行動経済学の研究が進み、わかっていてもやめられない行動の背景にある共通の習性が解明されてきました。この習性をうまく制御したり刺激したりして、望ましい行動へと促す方法が「ナッジ」です。
言葉よりもデザインのほうが効果アリ
ナッジは「そっと後押しする」「ひじで軽くつつく」という意味の英語で、提唱者のリチャード・セーラー教授はノーベル賞を受賞しました。身近にナッジが使われる場所に、男子トイレの小便器に貼られたマトがあります。小便器はどうしても一定割合で汚す人がいます。足元が汚れている小便器があると、次に使う人も離れて用を足そうとするので、ますます汚れやすくなるという、負のスパイラルが生じます。「トイレをきれいに」と書いてもあまり効果はありません。
ここで、小便器に「マト」のシールが貼ってあると、自然にそこを狙いたくなり、結果としてトイレはきれいになります。私たちは説得的な言葉よりも、直感(象)に訴えるデザインを見た時のほうが自発的に行動するようです。
さて、さきほど紹介した野口英世や福沢諭吉は、象使いの力が強い、立派な人であることは疑いようがありませんが、それでも象をうまく制御しきれなかったようです。
なぜ偉人たちは誘惑に勝てなかったのかは、厳密にはわかりません。しかし、象の習性からある程度推測できます。野口英世は現在バイアスの影響で、誘惑に衝動的に飛びついたかもしれず、福沢諭吉の「ビールは酒ではない」のエピソードは、認知的不協和から脱却するために象が作り出した解決策だったと考えられます。