天皇制が絶対に維持されるとは限らなかった

デマのなかにはもっと極端な荒唐無稽のものもあった。

井上寿一『戦争と嘘 満州事変から日本の敗戦まで』(ワニブックス【PLUS】新書)

鳥取県の中央部と鳥取市内の一部では「天皇陛下は自害されたり」、あるいは「天皇は皇太子殿下に譲位され沖縄に行幸された」、または「秩父宮は敵国のスパイであった為病気と名付けて軟禁せられていた」とのデマがあった。

ほかにも東京都におけるデマの例として、北越工業株式会社社長の田辺雅勇のつぎのような発言が記録されている。

「国民は日本が降伏しても天皇の御身分に付いては不変であろうとの安易感を持って居る様であるが、んな甘い考えで通る筈がない」

この発言をデマと決めつけることはできない。なぜならば連合国のなかにはソ連や英連邦諸国(オーストラリア・ニュージーランド)のように、天皇制に対してきびしい姿勢を示す国があったからである。

天皇退位を求める国民意識があったのではないか

そのほかのデマがデマであることは、9月27日にわかるはずだった。この日、天皇=マッカーサー会見が予定されていたからである。翌日の新聞は、ラフなスタイルのマッカーサーとモーニング・コートで起立している天皇の写真を掲載した。この写真は権力がマッカーサーの占領軍にあることを示すとともに、天皇制の存続を示唆していた

それにもかかわらず、さきの保安課政治係の作成文書によれば、この会見において、天皇は「御退位遊ばさる旨御洩しあらせられた」との憶測が「相当広範囲に亘り流布せられつつあるを看取かんしゅ〔見てそれと知ること〕」された。

憶測やデマであっても、国民の気持ちの幾分かは反映されている。天皇制の存続を前提としながらも、天皇は戦争責任をとって退位すべきだ、国民の平均的な意識はそうだったのではないかと推測することができる。

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