72歳でアメリカ移住を決断した理由

――会長は工場の建屋が完成した後の今年3月はじめに、奥さまとこちらに転居し、工場に常駐されているのですね。

【博志会長】波紋を呼んでます。また会長がついてくる、あいつは72歳で移住してまでやるのか、と(笑)。酒のつくりは、私がすべてわかるわけではない。技術は日進月歩で進化していますから。

ではなぜ、常駐したかといえば、事業が失敗したときの責任を私が取るためです。現場のスタッフは、そのほうがやりやすいはず。責任を私になすればいいのですから。

――責任とはっきり言えるのは、会長がオーナー経営者だからでしょう。サラリーマンはトップからヒラまで、責任という言葉に弱い。

【博志会長】3月に来て、6回の仕込みをパーにしたのは私です。テイスティングしてみて、純米大吟醸としては出せるけれど、“ダッサイ”と冠するなら許せないと私は判断し、却下した。7回目は当落線上でしたが、やはりNGを出す。8回目で、ようやくダッサイとして説明ができるレベルに達しました。

――目先の損失よりも、大切なものがあったということでしょうか。

【博志会長】これを出すわけにはいかない。「これはダメだ」とはっきり言えるのは、私だけなんです。サラリーマン社長の酒蔵なら、これほどやらないし、やらせないと思います。

ダッサイ・ブルーはアメリカでつくる酒であり、アメリカの社会に私たちはSAKEを届ける。日の丸の名誉に、傷をつけることがあってはならんのです。

筆者撮影
2023年9月23日、DASSAI BLUEのローンチパーティー。地元の名士らが集まった

麹をつくるのに素手ではなくゴム手袋を…

――旭酒造では初めての海外進出工場ですが、工場はいま、何人が働いているのですか。

【博志会長】日本から派遣されたベテランが3人、現地採用のアメリカ人は6人の陣容です。

――酒づくりにおいて、設備は同じでも、水などの環境の違いがあるのでしょうか。

【博志会長】水はミネラル分が多く、日本の水よりも硬度が高く発酵は速く進みます。また、半分使っているアーカンソー州の山田錦は、日本産と比べて中心部の(デンプン質を多く含む)「心白しんぱく」は少ない。ただし、アーカンソーの山田錦はよくできていると、私は思う。問題は、水や原材料ではなく人。

日本と同じような設備を導入して酒蔵を作ったのですけど、何かと微妙に違った。分業化社会で働いてきたアメリカ人社員に、日本人社員がある種の過剰反応を起こして、本来のあるべき姿を失ってしまったのです。

――どんなことが起きたのですか。

【博志会長】例えば、麹をつくるのに、日本人スタッフまでがゴム手袋で作業をしてしまったのです。アメリカ人に合わせて清潔にしようとしたのですけど、本来は手で行い感触を大切にするものなのに。いまは改めて、日本人もアメリカ人も手でやっていますが。