虚実皮膜を体現した作品

この古美門と比べてほしいのが、映画「クヒオ大佐」(2009年)だ。

あまりに不完全な結婚詐欺師役だが、古美門同様に罪悪感皆無。米軍パイロットのクヒオ大佐と名乗り、弁当屋経営の女性や植物博物館勤務の女性から金を騙し取る。

つけっ鼻でカタコトの堺は明らかに胡散臭いのに、なぜか女性を惹きつける。詐欺の手口がいかにせこくて涙ぐましいか、堺が真剣に演じるほど失笑を誘う。そこにこの男の悲哀が滲み出ていた。

嘘で身を守ることで生きてきた成功体験、そうするしかなかった持たざる者の苦悩。幼少期に虐待されていたトラウマも描かれ、人物の奥行きを見せた。

クヒオ大佐は実在の詐欺師で被害者もいた。今でいうロマンス詐欺というやつね。まさに虚実皮膜を堺が体現した作品でもあった。

本当にもったいなかった連ドラ初主演作

実は、堺は民放局連ドラの初主演作で辛酸を舐めている(と私は思っている)。「JOKER 許されざる捜査官」(フジ)を覚えているだろうか。

昼は温厚で人畜無害の刑事だが、その実体は凶悪犯処理人。法で裁かれなかった極悪人に人知れず制裁を下すという設定だが、残念ながら堺の持ち味がいかされなかった。おそらくアメリカのドラマ「デクスター」(警察官が凶悪犯を次々に殺害、目的は制裁の皮を被った快楽殺人)を目指そうとしたものの、日本のテレビ局が勝手に自主規制する“地上波コード”に阻まれて、なにもかも中途半端になったからだ。

皮膜俳優の堺なら衝撃の設定も任せられるはずが、決め台詞だけで制裁もモチベーションも微妙に濁しまくり。昭和の時代劇じゃないんだから、偽悪と正論だけでは誰もついていかないわけで。本当にもったいなかったと今でも奥歯を噛みしめる。

今後、もし万が一、アメリカのドラマ「ブレイキング・バッド」や、そのスピンオフ「ベター・コール・ソウル」(超絶面白いので観て)の日本版を作ることがあるとしたら、ぜひ堺を悪徳冗舌弁護士・ソウル役にしてほしい。堺にしかできないと思う。