凡人を演じる時の表情がたまらない
もうちょい明るい堺であれば「鍵泥棒のメソッド」(2012年)を。金は底を尽き、ボロアパートで自殺しようにも失敗。何をやってもうまくいかない役者の桜井(堺)が、たまたま銭湯ですっ転んだ男・コンドウ(香川照之)のロッカーの鍵を盗み、コンドウになりすますも裏社会のトラブルに巻き込まれるコメディだ。
桜井はすべからく中途半端な男、コンドウは知的で完璧主義の男。軽くて薄い桜井の小ささと、重くて暑苦しいコンドウの対比がおかしくてね。劇中、香川が堺に演技指導するシーンもあり、もう実現不可能なコンビかと寂しく思ったりもする(しかもヒロインは広末涼子……)。
ともあれ、凡人を演じる堺の表情は「人畜無害世界選手権」があったら上位に入賞するくらい、「柔らかくて好感度が高い」のである。
巻き込まれると言えば、首相暗殺の犯人に仕立て上げられた男を演じた映画「ゴールデンスランバー」(2010年)もすごかった。
何がすごいって、理不尽な目に遭いながらも、多くの人の助けによって見事に逃げ切る。極めて都合よき展開なのに、そう思わせないのは、堺が醸し出す「清さ」のおかげだ。友人や先輩、元カノだけでなく、アイドルや通り魔犯、裏稼業の男や交番巡査にも救われるのだが、その根っこに人を信用する清さがあったから。強大な権力に濡れ衣を着せられた不運を、人間性で幸運に転換。堺が演じたお陰で妙に説得力が出たわけで。
全力疾走する姿はぜひ見てほしい
ちょっと厄介な父親の背中を見て育つ息子の役も印象深い。
厄介というか、世間体や常識にとらわれない自由奔放な父親ね。風変わりなカメラマンの父親(鮎川誠)と避暑地の別荘でジャージを着て過ごすという、実にのどかで牧歌的な映画「ジャージの二人」(2008年)や、主君や家族(特に父親)に翻弄され続けるも、次第に武将としての才を発揮した真田幸村を演じた大河ドラマ「真田丸」(2016年)。
父親に対して、心のどこかで辟易しつつも、常識やルールに縛られない生き方に学び、悟る。父子のほどよい距離感を描く作品で、堺のもつ「素直さ」や「フラットな空気感」は存分に活かされていた。
余談だが、堺が全力疾走する時の上半身のブレなさは、「体幹、ちゃんと鍛えてんなぁ」と感心する。1985年の日航機墜落事故を題材に、新聞社内の攻防戦を描いた映画「クライマーズ・ハイ」(2008年)でも走る姿は印象に残っている。山の急な斜面を駆け抜けて、真実を報道しようとする熱意と若さあふれる新聞記者・佐山の役だった。30代の堺雅人の、キレのある動きには目を見張るものがあった。