本当の天才を演じられる
一方、WOWOWのスペシャルドラマ「パンドラ~永遠の命~」(2014年)で演じた主人公は、自分の皮膚からヒトクローンを生み出した天才研究者だ。
倫理的に非難されることを懸念した大学を退職、クローン息子を巡り、大きな陰謀の渦に巻き込まれる。暴走する孤独なマッドサイエンティストはまさに境界線上にいる人物で、堺は適役だった。非凡な才能と世紀の発見を自ら葬り、人としての良心を持ち合わせていたのは救いだったが、ちょっとホラーなラストには鳥肌が立った。
常軌を逸した天才は、日本のドラマでは明るく破天荒に描かれがちだが、本当は凡人には計り知れない心の闇があると思う。その陰影のリアリティを堺は追求できる役者なので、できれば作品自体のリミッターをはずしてほしいんだよなぁ。
作業服やジャージ、畳とアパートが似合う
事務所の政治力でゴリ押しされて「知的で天才」な役をアイドルが演じるドラマを見るたびに、「これは堺雅人案件ですよ」と心の中で叫び続けてきたわけだが、なめてはいけない。それだけじゃないのだ、堺の引き出しは。ちゃんと地に足ついた市井の人、雑に言えば「そのへんにいる人」を演じる堺も実に魅力的なのだ。
私が最も好きなのは、映画「その夜の侍」(2012年)の主人公・中村。小さな工場を営む中年男性。5年前に妻(坂井真紀)を轢き逃げされ、喪失感で日常が埋め尽くされている。妻の声が入った留守電を繰り返し聴き、妻の好きだったプリンを大量にかっこみ、妻の下着を常に携帯して匂いを嗅ぐ。包丁を持ち歩き、轢き逃げした犯人・木島(クズっぷりが無双の山田孝之)への復讐心を静かに燃やしているように見えるが、もっと深いところに到達している。
絶望は生気を失わせ、狂気を増量させる。悲しみも限度を超えて深くなると、人間は滑稽で突飛な行動に走るのを表現した堺。精神的などん底とアンガーマネジメントの妙を見せてくれた。