「やる? やらない? どっちにしますか? って聞いてるんで」。がんの末期状態で黄疸が出た母が病院で検査を受けると、医師は投げやりな言い方で母親の命が長くないことを告げた。68歳の母をみとった後、認知症の父は酒乱に。老人介護施設入所を拒否し、精神科に入院した父は30代娘に暴言を浴びせ続けた――。
前編中編のあらすじ】東北地方在住の春日暁美さん(仮名・30代・既婚)の父親は嘱託で働いていた68歳の時、胃と食道の接続部にがんが見つかった。入院中、父親は脳神経内科を受診すると、初期のアルツハイマー型認知症との診断を受けた。その後、再婚した春日さんは、実家を2世帯住宅にリフォームし、両親と同居を開始。翌年、女児を出産したが、母親が「食道がんステージ4」と告知され、抗がん剤治療入院が決まる。春日さんは4月からの職場復帰を目指し、保活を開始。抗がん剤治療の4クール目を終えた後、母親は黄疸が出たため、治療を中断し、手術を受ける。それでもほとんど体調が良くならない母親は、何度も同じことを聞いてくる要介護1の父親に嫌気が差し、ついに「顔を見たくない」と言う。子どもの頃から仲の良い家族だと思っていた春日さんは、ショックを受けた。

生きたい

2022年9月。病院に来てから6時間が経過。まだ鎮痛剤は届かず、“ステージ4”で黄疸が出た母親は無言で痛みに耐えている。

そこへ若い医師が来て、病院到着直後に採血した結果が出たと言う。その結果から判断するに、「黄疸が出たのは、肝臓につながる胆管のいくつかを腫瘍が塞いでいるため。以前受けた、ふさがれた胆管にステントを入れる手術をすれば、ふさがりを解消できると思う。ただ、転移している腫瘍が大きくなるスピードが早いため、次々に別の胆管がふさがったら、体力的にも手術的にも、すべてにやるのは難しい」とのこと。

最後に若い医師はこう言った。

「やってもやらなくても正直なところ同じと思われますが、手術されますか?」

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春日さんが「手術をやってもやらなくても変わらないんですか?」とたずねると、「やったとしても他の胆管が詰まったら、すべてにその手術をするのは難しいですから……」と若い医師。

すると母親は、「やらない。痛いのもういい」と首を振った。

その瞬間、年配の医師が現れ、「どっちになった?」と若い医師に声をかける。若い医師が「手術は希望しないそうです」と言うと、「手術は希望しないということで良いですね?」と年配医師。

母親は無言でうなずく。それを見た年配医師は「ではそういうことで。もう処置はありません」と言い、立ち去ろうとする。

思わず春日さんと母親は、「え?」とそろって声を上げていた。年配医師は不思議そうな顔をして「手術を希望されないのであれば、緩和ケアに……」と言う。

冷淡な言い草に春日さんは、「そこまで聞いてません! 命に関わるなんて!」と大きな声になる。

若い医師は、「いや……話したつもりですが」と慌てたが、母親が「聞いてない」と声を振り絞る。年配医師は、これみよがしに大きなため息をつき「血液結果の結果を見る限り、肝不全とほぼ同等の数値になってるんですよ。このまま手術をしなければ、黄疸が強くなるか、肝臓が破裂して命に関わる可能性がとても高いです。そういう病状を踏まえたうえで、やる? やらない? どっちにしますか? って聞いてるんで」

と投げやりな言い方をする。

春日さんは、「これでも医者なの?」と絶句。しかし母親は「やる!」とはっきりした声で言った。

「まるで、『今夜はイタリアンにする? 和食にする?』というノリで命に関わる決断を迫られました。医師として、患者の気持ちに寄り添うという姿勢が明らかに欠けていたと思います。そんな中、母が発した力強い一言に、『生きたい』という意志を感じました」

「え? 先ほど手術はしないと決めませんでした?」と年配医師が言い、すかさず春日さんが「命に関わると聞いていなかったので……ね?」と母親に確認。母親はうなずいた。

「そうですか。では手術を希望されるということで。早速今夜手術することになると思います」と年配医師。

春日さんは間髪入れず「で、痛み止めはまだですか? いつも処方してもらっている鎮痛剤。朝からお願いしてるのにまだ何もしてもらえません。まだですか?」

年配医師は、看護師に鎮痛剤のことを確認する。

「オキノームね。いつものじゃなきゃだめなの? 粉がいいですか?」

春日さんは、医師が何を意図して質問しているのか分からなかった。すると年配医師は「点滴だったらすぐ出るの。効き目は同じ」と一言。

「痛みがおさまるなら何でもいいです。朝からずっと痛いって言ってるんですよ。早くしていただける方で」
「じゃ、点滴ね。お母さんはこのあと入院棟に移ります。文字を書くのが難しいようなので、これに署名してください」

差し出された用紙を見ると、「心肺蘇生の同意書」と書かれている。途端に春日さんは「あぁ、お母さん死んじゃうんだ。もうだめなんだな」と思い、泣き崩れた。