韓国軍でいじめを受けていた「Iくん」
その事件は、チュ氏が韓国軍を除隊する4カ月ほど前に起こった。
その事件は、チュ氏が韓国軍を除隊する4カ月ほど前に起こった、2年6カ月にもおよぶチュ氏の軍隊生活の中でも、もっとも強烈、もっとも凄惨な事件であった。
軍の守秘義務があるので、チュ氏がこの話を口外することはなかった。
しかし、「除隊して長い年月が経ったから、もう話してもいい頃だろう」と、チュ氏は筆者に語ってくれたのである。
チュ氏の軍隊時代、Iくんという後輩がいた。Iくんはもともとおとなしい、口数の少ない男だった。どちらかというと暗い性格で、話しかけてもボソボソと答えるタイプだったという。
そのせいか、Iくんは軍隊でいじめの対象になってしまう。
彼が先輩の上兵ふたりと同期一人の3人組にいじめられるようになったのは、事件の3カ月くらい前だったという。
Iくんがそいつらにテガリパゴ(両足と頭頂部で三点倒立する、韓国軍での定番のシゴキ)をさせられている姿をよく見かけるようになった。
「いじめは軍隊の伝統だ」という思いもあった
しかしチュ氏からすると、Iくんとその3人組はとなりの内務班(軍隊生活を共にする班)だったので、キョユク(教育)に口をはさむわけにはいかなかった。
いじめていた3人は、いかにもチャラチャラした感じの「口だけのやつ」という印象だった。その頃チュ氏はすでに兵長で、軍隊の上下関係においては、彼らなど虫けらみたいなものだったが、Iくんにとっては逆らうことのできない絶対的な先輩だった。
「チュ兵長……オレ、いじめられるんです」と、Iくんが相談してきたことがあった。なぜチュ氏に相談してきたのかは、いまとなってはよく覚えていない。となりの内務班だったことと、部署が近くて話す機会が多かったからだろうとチュ氏は言う。
「オマエは軍人なんだから、耐えないとダメだろ」
チュ氏はそう言って励ました。チュ氏も新兵の頃はありとあらゆるヨルチャリョ(体罰)を経験した。いじめは軍隊の伝統だ。それに耐えられなければ一人前の軍人ではない、そういう思いもあった。