退職金5000万円なら税金が100万円超も増える
一方、最も影響を受けるのは大企業の社員だ。資本金5億円以上かつ従業員1000人以上の企業の大卒総合職の定年退職金は約2564万円(2021年、中央労働委員会調査)。
また、業界によってはさらに高くなる。大手石油会社、大手製薬会社、総合商社は6000万円を超え、メガバンクや大手生保、大手ガス会社も5000万円を超えると言われる。大手電機メーカーでも管理職経験者は5000万円超の人もいる。
こうした人たちにとって20年超の退職所得控除が20年以下(控除額が年40万円のまま)と同じになれば支払う所得税は当然増える。
たとえば退職金6000万円の場合、課税退職所得額は2240万円。これに税率40%と控除額279万6000円を加味した所得税額は616万4000円になる。1割以上が税金で消えるのだ。計算式はこうだ。
退職金5000万円の場合も同じように式にあてはめると、所得税は、420万6000円(税率33%・控除額153万6000円)になる。
今回の退職所得課税の見直しがされなくても、退職金5000万~6000万円クラスになると、勤続21年目以降の年控除が年70万円ずつ増えても、所得税は発生する(退職金6000万円の場合、所得税は約508万円)。だが、現在の税制が見直しされれば、その退職金の所得税より100万円超も増えることになる。
そうなると、長期勤続のメリットが多少は減じるが、それでも政府が期待するような転職者が増えるとは思えない。転職促進を促す政策としては疑問だ。
また、この政策は、いらない社員をリストラしたい企業にとっては逆効果にもなり得る。中高年のリストラで使われる希望退職者募集の際の割増額を加えた退職金は大手企業の場合、50歳前後の社員に3000~5000万円が支払われる。そうなると、定年退職金よりももっと税金を取られる計算となる。再就職探しのリスクを考えて、応募しないで会社に残ることを選択する社員が増える可能性もある。
そもそも今回、転職を妨害しているという理由で税制を見直すというのであれば、違う発想をしてもいい。例えば、本来は勤続20年以下の退職所得控除額も20年超と同じ年間70万円にする。このことで20年超の人が受けられる恩恵を勤続20年以下の人にも付与するべきだろう。それによって、手取りの退職金が増え、転職先探しにかかる費用の足しにできるのではないか。
また、労働移動の円滑化のためにできるのは退職金関連だけではない。今回の「三位一体の労働市場改革の指針」では、「自己都合で離職する場合、求職申込後2カ月ないし3カ月は失業給付を受給できない失業給付制度を見直し、リスキリングを条件に会社都合の場合と同じ扱いとする」施策も掲げている。これが実現すれば、失業給付が早く受給できるようになり、自主的な転職者も増えるだろう。
今回の政府の骨太の方針は、成長分野への労働移動の円滑化などが主目的だが、税制も関わる案件ゆえ政府の背後には当然財務省も絡んでくる。同省からすれば控除額を勤続21年以降に年70万円を上乗せするのをやめれば税収は増えるが、転職しないまま定年を迎えた会社員の実入りは確実に減る。
転職促進策が実現できても、退職金・企業年金が減らされている中、老後の生活保障がますます危うくなる事態になりかねない。