駐日米国大使の行動は「内政干渉」ではない

また、エマニュエル駐日米国大使が、法案成立促進を求めてデモに参加したり、SNSで意見を表明したりしたことを「内政干渉」と批判する人もいる。もちろん、外国政府や大使が内政に意見を言えば、反対派が「内政干渉」と批判するのは政治的プロパガンダとして普通のことだ。ただ、国際法違反であるとか非常識という言い分には無理がある。

人権問題は、外国の内政であっても議論の対象とできるのが国際常識だ。各国大使の共同声明には、英国、ドイツ、EUの大使も加わっているから、外交の常識としても内政干渉でない。友好国なのにと言う人もいるが、法案成立に対して政府は前向きなのだから、支持することが非友好的とはいえない。

公明党の山口代表がエマニュエル大使と会談したので、批判する人がいるが、プロフェッショナルな政治家である大使が、連立与党である公明党を重視しているだけだ。エマニュエルがくせ者で、警戒すべきとは、私は任命以前から指摘し警鐘を鳴らしてきたが、バイデン大統領の大使としては当然の行動だから批判できない。

自民党で先陣を切った人は「裏切り者」に

しかし外交的にも経済的にも要請の強い法制化が、なぜここまで批判を受ける事態になったのか。法案成立までの経過を追いながら解説しよう。

安倍内閣の2018年に自民党の稲田朋美政調会長の指示で、LGBT特命委員会(古屋圭司委員長)で検討され、2021年に基本理念に「差別は許されない」と記した超党派の法律案が議員連盟(馳浩会長)で合意されたが、自民党内で保守派から批判がありたなざらしになった。

2023年2月、首相秘書官が「(LGBTは)気持ち悪い」と発言し、更迭されたことを受けて岸田首相が提出に傾き、「差別を許さない」を「不当な差別はあってはならない」、「性自認」を「性同一性」と言い換えた「自公案」がまとめられた。しかし、米国大使の圧力に屈したとか、秘書官の不規則発言のリカバリーだというイメージが自民党内外の保守派の心情を刺激した。

保守派からは、稲田朋美氏を「裏切り者」と罵ったり、古屋氏や自公案をとりまとめた新藤義孝氏も同罪と批判したりする人も出た。

また、自認する性を尊重すれば生物学的、あるいは見かけは男性なのに、女性だと自認していると言って女湯や女子トイレに入るケースや、女子競技において「生物学的女子」とか「シスジェンダー(性自認と生まれ持った性別が一致している人)」が保護されないケースが起きうるという危惧が広まった。