「変化抑制意識」が強いと人は学ばない
私たちは、会社の中で一人きりで働いているわけではありません。自分の仕事は、多かれ少なかれ周囲の誰かの仕事と関わりあいながら実践されています。相互関係の中で仕事をしている私たちにとって、自分が起こす業務上の「変化」は、職場の周囲の人々にも少なからぬ影響を与えます。その「影響」への対処は、変化を起こす側にとって「コスト」や「負担」として認知されます。そうした時、〈変化抑制〉は起こるのです。
たとえリスキリングを行って統計技術やデジタルスキルなど、よりよい変化を起こせる新しいスキルや技術を身に付けたとしても、職場に戻ってから「この変化を現実にするのは大変だろうな」「こんな事を自分が言い出したら同僚は困るだろうな」という予期が生じてしまえば、人はそのスキルを活用することから遠ざかってしまいます。
また、逆もしかり。変化を起こすのが面倒なのであれば、人は、学ぶことによって新しい知識やスキルを得ようとは思いません。実証研究においても、やはりこの〈変化抑制意識〉が強いと、アンラーニング(学習棄却)にもリスキリングにもマイナスの影響が確かめられました。
「助け合い」の罠
つまり、リスキリングを推進するためには、どうしてもこの「谷」を乗り越える必要があります。しかもそれは研修訓練を増やしたり、自律的な学びのサポートをいくら充実させるくらいでは全く歯が立たない領域です。そこで、組織が持っている特徴とこの〈変化抑制意識〉との関係を再度分析してみると、さらに興味深い事実が浮かび上がってきたのです。
それは、職場メンバー間で仕事をフォローしたり助け合ったりする、「相互援助」の文化を持っていることが、この変化抑制の意識を「上げる」方向に作用していたことです(基本属性を統制した多変量解析の結果)。言い換えれば、「助け合う」「フォローし合う」ような極めて健全に見える関係性が、この「変化抑制」を高めていたのです。
このことは、リスキリングを考える私たちに、さらに重い難題を突き付けます。なぜなら、この「助け合い」のような相互依存性の強さは、国際的に見た時の日本の組織の特徴として長らく指摘され、時に称賛されてきたものだからです。
しばしば指摘されるように、日本の組織は職務分業意識が低く、相互依存性が高い働き方をしています。ジョブをまたぐような相互の「助け合い」は当然のように奨励されてきましたし、「手が空いている人がフォローし合う」というのは一般的な感覚としても、規範意識としても広くみられるものです。
先ほどのデータが示したのは、こうした「相互依存性の高いメンバーが、チームで仕事を行う」という日本の慣習が、現場での変化とスキルの発揮を「抑制」する方向に作用していそうだということです。
その他にも〈変化抑制意識〉を高めていた要因分析の結果を列挙してみれば、仕事が「自律的でないこと」、「タスクが個人で完結していないこと」、「成果が明確でないこと」などです。こうした傾向をみても、やはり「みんなで助け合って、チームで仕事を分担しながら働く」という日本組織の特徴は、ことごとく「変化創造」というプロセスと相性が悪いことを示しています。
これらの日本企業の横のつながり――メンバー間の職務横断的な協働関係が、「個の新しいアイデア」や「変化を生む意思」を削いでしまうというのは、極めて興味深いことです。いわばこれは、「善意に基づく足の引っ張り合い」です。