政治力のある人物の存在が必要不可欠

現在、どの野党も持つことができないでいる自民党の「まとめる力・まとまる力」のメカニズムは大変面白いものがあります。民間企業や役所には見られない特徴です。

というのも、多くの組織では、役職の上下関係は組織のルールで明確に規定されており、上意下達が円滑なのですが、政党という組織はメンバーに加わるためには選挙で当選しなければならず、メンバー間の入れ替わりが激しいので、役職の固定が難しく、規律正しい上下関係、上意下達が成立しにくい。

このように政党とは、組織上のルールによる上意下達によってまとめることはできず、結局は、メンバー間の個人的な人間関係によってまとめるしかありません。このまとめる力を一般的には政治力とも言い、政治力ある者が力を持つのです。

たとえ大臣という役職に就いたとしても、政治力がなければ党内の異論を抑え込むことができず、ことが進みません。それが政治、政党の世界の現実です。

つまり、政党が1つにまとまるには、この人間関係というあいまいで定義しがたいものをうまく使いこなせる政治力のある人物の存在が必要不可欠なのです。

「この人が言うのであれば、聞かざるを得ない」とか、「この人に従っていれば間違いはないだろう」という存在です。

橋下徹が「自分は政治家に向いていない」と思う理由

人間関係力に優れた政治家には調整力があります。じっくりと異なる意見を聞いて段階を踏んでまとめていく。意見の対立が起きたときには早急に結論を出さず時間を割く。

そして最終的には、「あなたにすべて任せます」という一任を取りつけ、自身の権限において異論を押し切って決定していくのです。

人間関係力が不十分な政治家は、これができません。対立意見をまとめる調整力がないまま、自分の役職権限を使って決定・実行しようと思って組織内で反感を買い、最終的に政党崩壊につながる危険性が生じることもあります。

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かつて民主党が崩壊したのも、政党の持つ特殊な意思決定力である、「まとめる力・まとまる力」が不足していたからでしょう。

その力を得るための人間関係力を養うことが政治家の重要な課題です。それが目的で、政治家は日夜、さまざまな人とのつき合いを重ねているわけです。

僕が政治家に向いていないと思う理由は、まさにここにあります。人間関係力を蓄える素養をまったく持ち合わせていないからです。