「合法的な活動」を用いたスパイ行為も

このように、民間で発覚した事案でさえ、依頼企業が公表しなければ表に出ない上、依頼を受けた側も秘密保持契約が当然あるので公にするわけにはいかないのだ。また、依頼企業の目線に立てば、自社の保有技術・情報が他国に漏れたという点で自ら捜査機関に申告し、仮に事件化された場合には大々的に広報されてしまい、自社のレピュテーションが損なわれるような結果は敬遠したいと考えるだろう。要するに、官民を問わずスパイ事案というものは表に出てきづらいのである。

ちなみに、これまで言及した内容はすべて“法に触れるスパイ活動”の一部であるが、諜報活動・技術流出の問題は何も違法な手法のみではない。中国の千粒の砂戦略(※1)のように、悪意・善意を問わずビジネスパーソンや留学生が日本で知見を蓄え帰国する手法(海亀族といわれる)や、投資活動等の合法的な経済活動によって、日本の技術が浸食されている点は留意しなければならない。

※1 千粒の砂戦略:ロシアのようにスパイによる典型的な諜報活動ではなく、人海戦術のごとく、ビジネスパーソン・留学生・研究者など多種多様なチャネルを使用し、情報を砂浜の砂をかき集めるように、情報が断片的であろうとも広大に収集する戦略。

道を尋ねるふりをして話しかける

2022年7月、在日ロシア通商代表部の男性職員が、国内の複数の半導体関連企業の社員らに接触しているとして、警視庁公安部が企業側に注意喚起を行った。

報道(読売新聞オンライン 2022年7月28日)によれば、通商代表部職員は2020年末頃、半導体関連企業の会社近くの路上で、道を尋ねるふりをして社員らに話しかけ、連絡先を聞き出したり、「飲みに行きませんか」と誘ったりしていたそうだ。

産業のコメとまでいわれる半導体だが、デジタル化社会を見据えれば半導体の需要は明らかであり、さらに米中技術覇権争いの代表的存在でもある。スパイはそういったセンセーショナルな技術・トレンドの情報のみを欲しがるのだろうか。ところが、答えはNoだ。スパイは何も先端技術ばかり欲しがるわけではない。