スパイ行為自体を取り締まる法的根拠がない

わが国にはスパイ防止法がなく、スパイ行為自体を取り締まる法的根拠がない。捜査機関としては、法定刑がさほど重くない窃盗や不正競争防止法等の犯罪の適用を駆使し、さらに構成要件を満たして容疑が固まった上で検挙しなければ広報ができない。特に、外交官相手では任意捜査にも応じてくれず、「怪しかったが違いました」では済まされないといった事情もある。そもそも、スパイ事案の特性上、任意捜査をしていたのでは容易に証拠隠滅されてしまう。

設計図のようなイラスト
写真=iStock.com/Bubushonok
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私が民間で経験した事案にこういったものがあった。A社から「防衛関係の船舶の図面が転職先に持ち出された可能性があるので調べてほしい」と言われ、対象者の調査を開始した。もちろん、対象者への貸与品(PCやスマートフォン、メールサーバーなど)はデジタル・フォレンジックという技術で内容を復元・解析した上、さらに対象者の行動について外部ベンダーを利用して交友関係、特に転職先に持ち出した事実等を調査した。

ところが、SNS解析を含む広範な調査を進める上で、さまざまな点で某国政府系の人間=X氏との関係が浮上し、対象者が持ち出した防衛関係の船舶の図面が複数人を経由してX氏に渡った可能性が浮上した。これは、X氏の国で主として使用されているSNS解析や現地法人情報による関連人物の洗い出し、さらに現地の協力者からの情報等のルートをたどった結果であるが、民間では予算も限られ、アクセスできる情報の濃さ・確度も捜査機関とは比較にならない。結局、この事案は“X氏に渡った可能性が相当高い”で結末を迎えた。