制度は充実しているのに活用されていない

公的な育児支援制度の面では、アメリカはもちろんヨーロッパ諸国と比較しても、日本が優れている部分は多いと感じます。しかし、せっかく良い制度があっても、実際にはそれが有効活用されていません。

たとえば、日本の男性の育児休業制度は世界的にみてもトップクラスです。一方で、実際の取得率はといえばようやく過去最高の13.97%になったところ。職場の環境や上司の無理解によって、実際には育児休業を取得するのが困難だというケースはいくらでもあります。『縛られる日本人』の中で書いたように、たとえ制度上は認められていようと、社会的なペナルティを受ける可能性があればその権利を行使する人はいません。

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先日ある日本の旧友と、そのお嬢さんとともに昼食をする機会がありました。小さな頃から知っているそのお嬢さんはもう34歳になっていて、結婚してフルタイムで働いています。その彼女が、自分の夫は職場のプレッシャーで育児休業などとても取れない、だから夫婦で話し合って子どもを作らないようにしていると言うんです。彼女の夫は、福利厚生が充実していそうな大企業に勤めているはずなんですが……。

「休んだら代わりがいない」は本当か

育児休業を取る従業員を、日本の企業の幹部はどのように評価しているのでしょうか。研究者としての自分にとっては、そこがブラックボックスになっています。日本企業の管理職や男性社員は、「もし自分が育児休業を取ったら、代わりに自分の仕事をやってくれる人がいない」とよく言います。

メアリー・C・ブリントン『縛られる日本人』(中公新書)

しかし、それは本当でしょうか? 例えばスウェーデンでは、女性も男性もほぼ全員が育児休業を取りながら、企業は高い生産性を維持しています。私からみればそれは、日本企業のマネジメントの問題のように思えます。

もうひとつ、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎氏が指摘されているように、日本の大半の企業では雇用形態がいわゆる「ジョブ型」ではなく「メンバーシップ型」であり、それゆえに欧米の企業で一般的なジョブ・ディスクリプション(職務記述書)がないことも大きな要因であるように思います。

ジョブ・ディスクリプションがなければ、その人の仕事の範囲がどこからどこまでかわからない。役割が定義されていなければ、その人が休んだときの引き継ぎはたしかに大変で、その結果職場の人間関係にトラブルが生じることもありうるでしょう。つまり、これは日本の男性を「努力が足りない」と非難すべき問題なのではなく、日本の労働環境の構造的な問題なのです。