オラクルひと・しくみ研究所代表
小阪裕司

山口大学(美学専攻)を卒業後、大手小売業、広告代理店を経て、1992年より人の「感性」と「行動」を軸にしたビジネスマネジメント理論と実践手法を研究・開発。2000年からその実践企業の会を主宰。執筆、講演・大学講義、産官学連携事業、学術研究など幅広く活動。

【小阪】そう思います。ただ難しいのは、ビジネスがアートに近づくというこの流れは、未踏の新大陸のようなものだということです。もちろん、これからどんどん活況を呈していき、こうした動きが日本をはじめアジア全域に広がっていくと私は確信しています。しかし、従来の必需から生まれる消費ビジネスもいまだ健在です。

たとえばニトリやユニクロといった企業は、創意工夫を重ねて効率を追求した結果、最高品質の商品を最低価格で提供するのに成功しています。こうした従来型の輝かしい成功事例が存在すると、心の豊かさを満たそうという新たなビジネス領域が見え難くなってしまうのではと懸念してしまいます。しかも、現段階では企業の圧倒的多数が必需を軸にしたビジネスを展開しています。

【安田】必需品を効率よく低価格で生産するビジネスは、やはり大企業でないと難しいと思います。その大企業の下請けを中小企業が担うというピラミッドを構成しているから、必需品の市場規模は必然的に巨大になっているのでしょう。

【小阪】私がよく講演で話しているのは、消費者の意識が明らかに変化したいま、企業が進むべき道は2つしかないということです。一つは、価格で勝負するという道です。消費者は必需品にはできるだけお金を使いたくないと思っていますから、安ければ安いほど消費者に選ばれます。ただし、価格で勝負するなら、一番安い会社を目指さなくてはなりません。なぜなら、あるスーパーマーケットの社長が曰く、「あの店は2番目に安いから買いにいくという人はいない」からです。

では、一番安い会社になれない場合はどうするのか。これが2つ目の道である、価値創造のビジネスです。顧客すらも気づいていない気分や願望を満たす商品やサービスを提案する。まさにアートの世界です。アートですから、戦略とか戦術とかいっている場合ではないし、ライバルをベンチマークしている場合でもありません。いかに自分の世界を磨き抜き、世の中の気分を感じながらも迎合せず、自分たちならではの価値創造を実現するかを考えなくてはならないのです。

具体的な例を一つ挙げると、大阪にユニークな床材メーカーがあります。床材の業界は色と価格が勝負だそうです。あるときその床材メーカーは色と価格で勝負するのをやめて、自分たちの強みである「木」で勝負するために「木味を楽しむフローリング」という商品をつくりました。最初はニーズなどありませんでしたが、木味のよさを丁寧に啓蒙していった結果、6年目のいまでは売り上げも伸び、ドル箱になっているそうです。安田 価格競争から価値創造への変換ですね。その会社が成し遂げたことは、まさにアートだと思います。じつは、大企業の下請けとして価格競争に苦しむ中小企業が、下請けの図式から抜け出す方法もこれなんです。自分たちがアーティストになって新たな価値を生み出すこと。これからはそうした小さい会社がたくさん出てくるのではないでしょうか。