アーティストとして社員を育てるには

【安田】ビジネスをアートに変えていくには、社員を「アーティスト」として育てていく必要があると思います。売れるとわかっているものをつくるのではなく、「これって素敵」と思うものをゼロから見つけるには、自分の感性を磨くしかないと思うんですよね。

【小阪】まったく同意見ですね。アーティストを育てるには、従来のオフィス環境のあり方やマネジメントといった常識は通用しません。安田さんがワイキューブで実践したように、素敵な時間を過ごせる空間や、ひらめきを生むような環境を整えることが大切になってくる。これからの新しい消費ビジネスで活躍する人材を育成するには、必要不可欠な投資だったと私は思いますね。

【安田】実際に当時のワイキューブに刺激を受けて、正しいやり方でエッセンスを取り入れて、きちんと利益を出している会社もあります。ビジネスをアートに転換させながら、みなさんすごく業績がいいんですよ。その違いを考えてみると、必要なものに投資しながらも、経営的観点から締めるところは締めるというバランスの問題だったように思います。社員への投資には当然ながらお金が必要です。私の場合、投資の蛇口を調節せず、開けっぱなしにしてしまったことが反省点です。しかも蛇口は一つではなく、細かい蛇口がたくさんあります。それらの一つ一つを絶妙な加減で開け閉めしていかないと、利益が出ないんですね。

【小阪】おそらくビジネスにおいてアーティストであることと、すぐれた経営者であることは別の能力なのだと思います。私もこれまでたくさんの経営者にお会いしてきましたが、一人二役を完璧にこなせる人は、ある程度の企業規模になるとほとんどお目にかかれません。ですから、カリスマ技術者だった本田宗一郎を、女房役の藤沢武夫が経営や戦略面で支えたように、それぞれの得意分野をかけ合わせるのが得策だと思います。

一方で、個人商店レベルであれば、両立は不可能ではありません。会社が小さいうちは、経営のすべてを見渡せるので、蛇口の開け閉めをコントロールすることができるからだと思われます。