ウェブへ移行したのは紙より安いと思ったからだった

<strong>安田佳生</strong>●「ワイキューブ」代表取締役社長。1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、90年ワイキューブを設立。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけ、社員研修事業、広告企画制作事業なども好調となった2007年には売上高約46億円を計上。オフィスにワインセラーやバーを設置するなど独特の福利厚生でも知られ、就職人気企業ランキングでは有名大手企業にまじり、20位内にランクインしたこともある。『千円札は拾うな。』など、著書も多い。
安田佳生●「ワイキューブ」代表取締役社長。1965年、大阪府生まれ。高校卒業後渡米し、オレゴン州立大学で生物学を専攻。帰国後リクルート社を経て、90年ワイキューブを設立。新卒採用コンサルティングなどの人材採用関連を主軸に中小企業向けの経営支援事業を手がけ、社員研修事業、広告企画制作事業なども好調となった2007年には売上高約46億円を計上。オフィスにワインセラーやバーを設置するなど独特の福利厚生でも知られ、就職人気企業ランキングでは有名大手企業にまじり、20位内にランクインしたこともある。『千円札は拾うな。』など、著書も多い。

引っ越し先は、同じ新宿区内でも商店街にあり、玄関もないような倉庫みたいな部屋だった。その部屋で、とにかく経費を削減し、「就ナビ」も予算を縮小して出し続けた。

そうして2年かけて、ギリギリ採算に乗るラインまでがんばったところ、今度は採用した新入社員が育ち、また売り上げが伸びはじめた。2000年、私たちは靖国通りに面したビルに引っ越すことができた。

移ったのは、のちに福利厚生の一環で「社内バー」をつくり、就職したい人気企業として、メディアからも注目されることになる市谷のオフィスだ。本社登記も大阪から東京に移した。

同じ年、私たちは「就職コンパス」という就職情報サイトを開設した。すでにリクルートのサイト「リクナビ」が誕生していた。これからはネットの時代だ。紙媒体は捨てて、ネットにいこうと思った。だが、実際にはネットで就職活動をする学生などまだいなかった。リクルートもウェブ媒体を立ち上げたとはいっても、主流はあくまで紙媒体の「リクルートブック」だった。

それでも、私たちがネットに移行したのには理由があった。

そのころ主要な大学では就職活動をする学生向けの説明会が行われていた。説明会に参加して、登録用紙に名前を書くと就職情報誌が送られてくる仕組みだ。こちらにとっては無料で学生名簿が手に入るようなものだ。

ところが、そこにはリクルートや毎日コミュニケーションズのような大きな会社の業界団体があり、私たちのような小さな会社は参加させてもらえなかった。学生にとっても、たくさんの会社に登録して、冊子を何冊も送ってこられても困る。だいたい大手の3つくらいに登録しておけばいいかという感じだった。

ウェブ媒体への移行を決めたのには、もうひとつ理由があった。紙よりも費用が少なくてすむと思ったのだ。

だが、いっけん安上がりなようで、私たちのような無名の会社がウェブに登録してもらうための広報活動には、たいへんな費用がかかった。学生に登録してもらうために、ポスターをつくり、大学を回って、ありとあらゆる学生団体と仲良くなった。同時に、「ジョブウェブ」「みんなの就職活動日記」といった同業のサイトへの広告も出していた。何百万円もかかるが、学生も一括登録で登録だけはしてくれた。

サイトも他社がやっていないようなものにしようと、1社ごとに顧客のイメージムービーをつくり、当時まだあまり普及していなかった「フラッシュ」を使って、学生が動画を見られるようにした。何より費用がかかったのは、裏側のシステムだった。

学生がエントリーをするための仕組みや顧客との連動管理といった部分のシステムを開発せねばならず、それらはすべて外部への発注だった。しかも、毎年システムが進化するため、その度につくりかえなくてはならなかった。