仕事の話はせず、相手が興味のある話を投げかける
私は大使館に勤務するかたわらモスクワ大学哲学科で講師を務めていたので、科学アカデミー哲学研究所の友人に頼んで、その機会をうかがったところ、ある日、ブルブリスと同じ壇上に上がることができたのです。
ただし、そこで面識を得たからといって、いきなり仕事の話をしてもブルブリスのような人物は取り合ってくれないことは分かっていました。
調べてみると、彼は哲学、特に唯物弁証法に造詣が深いことが分かりました。私もまた弁証法神学を学んでいましたから、仕事の話は一切せず、まずは私自身が最も興味のあったヨゼフ・ルクル・フロマートカというチェコの神学者について話しました。
案の定、ブルブリスは神学について熱く語る東洋人に大いに興味を持ってくれました。そしてしばらくして、「マサル、君は私の試験に合格した。以後は私のシンクタンクに自由に出入りして構わない」と、破格の待遇を得ることができたのです。
今にして思えば、やはりブルブリスのような気難しい重要人物の場合は、特に距離感が大切だということです。
私が焦って、「これからのロシアはどうなりますか?」「エリツィン政権はいつまで持ちそうですか?」など、いきなり本題を持ちかけていたら? おそらく彼は貝のように口を閉ざし、決して私を自分のテリトリーの中に入れようとはしなかったでしょう。
仕事の話はせず、あくまでもブルブリス自身が興味のある話を投げかける。相手がOKと言うまでは、ずかずかと相手の領域に踏み込むことはしない。
つまり絶妙な距離感を保つことができたからこそ、私はブルブリスに気に入られ、特別待遇を受けることができたと考えています。