「数学者はふだんどんな本を読むのだろう」

次に取りかかったのはフェアだ。書店では「冬のお勧めミステリー」など、書店員が勧める本が平台に並べられることがよくある。だがここでも布川さんは「私には勧められる本がない」と頭を抱えた。なにしろ「自分がいちばんわからない本の宣伝」(布川さん)をしなければならないのだ。

ヒントは、当時よく書店に来ていた理工書の版元の営業担当者との雑談から生まれた。

「数学者って、ふだんはどんな本を読んでいるんでしょうね」

ふと何げない疑問が布川さんの口からでた。

「数学者って、私からすれば宇宙人のようなもの。そんな人たちが専門書以外にどんな本に親しみを感じているのか、興味を持ったんです。数学素人の私でも興味を持つのだから、もっと他の人にも興味があるかな、というのがきっかけです」

話は営業担当者との間でどんどん転がり、明治大学・砂田利一名誉教授を紹介してもらえることになった。そこから砂田氏つながりで他の数学者たちともつながっていき、彼らから愛読書を教えてもらえた。

そして2011年、布川さんが初めて手掛けたフェア《数学者が読んでいる本ってどんな本? 数学者○○先生の本棚フェア》が開かれた。このフェアはSNSで話題になり、筆者(神田)も書泉グランデまでフェアをのぞきにいったことがある。

フェアの人気が書籍化につながった

「興味深かったのは、砂田先生をはじめ、何人かの数学者の方が愛読書としてボルヘスを挙げていたことですね。ああいう論理的な世界にいる人たちが伝奇小説を読むのかと意外でした」

『数学者が読んでる本ってどんな本』はのちに東京図書から書籍化されたほどの人気ぶりだった。

最初は苦労したフェアのテーマだが、最近は「降りてくる」と茶目っ気で笑う。取材日にやっていたのは数学理論のひとつである「圏論」フェア。

「以前は解説書が1冊しかなかったのに、数年前から続々と出るようになったので。書籍の流れを見ているので、理論はわからなくても『来ている』ものに勘は働くようになりました」

売り場単位のツイッターアカウント、ユニークなフェアなどが生まれるのは、もともと書泉グランデという書店のユニークさがあるように思われる。神田神保町に地下1階、地上7階建てという巨大書店は本の街のランドマーク的存在だが、ここにはたとえば「参考書売り場」のようなものはない。あるのは鉄道・バス、アイドル、格闘技など趣味性・専門性の高いものばかり。つまり、そういった趣味の延長線上に「数学」が並んでいるのである。数学書が並んでいる棚の隣は英語の学習本ではなく、占星術の本だ。

プレジデントオンライン編集部撮影
数学書の棚の隣には占星術の棚