数学者はいかめしい印象があったが…

最初のフェアを成功させることで、布川さんは「数学者を身近に感じたり、手応えを感じたりできました」という。そうやって布川さんが知己を得た数学者のなかに、京都大学高等研究院・院長の森重文氏がいる。森氏は1990年に数学界のノーベル賞といわれる「フィールズ賞」を受賞、2015年から2018年まで、世界数学連合総裁を務めている。日本の、というより世界の、数学界の重鎮である。

布川さんによると、森氏のサイン本はよく売れるという。

「なので年に2回、森先生にメールでサイン本のお願いをしています。いつも先生はすぐメールの返事をくださって、快くサインをしてくださいます。数学者っていかめしいイメージがあったんですが、すごく気さくで親切な人が多いですね」

ある日、常連客がいつも森氏のサイン本が置いてあるのにいぶかって、「森先生の本は売れないんですか」と布川さんに尋ねてきた。「いえいつも売れるから、サイン本の追加注文をしているんです」と答えところ、驚かれたという。

「私が森先生に直接お願いしていると知って、数学者の方は非常に驚かれます。たぶん私が森先生の本当のすごさを知らないから、ずけずけお願いできるんでしょうね」

と、布川さんは笑う。

「ノーベル賞の益川敏英先生にお目にかかったときも、頼めるのは今しかないと思ってグイグイとサイン本をお願いしたことがあります。あとから同席していた版元に『あんなにいって大丈夫なのか』って、『こいつ怖いわ』みたいな目で心配されましたけれど」

版元で品切れになっている本を、直接筆者から仕入れて販売することもある。書店員でありながら、こうした人脈をもっているのも布川さんの強みだ
プレジデントオンライン編集部撮影
版元で品切れになっている本を、直接筆者から仕入れて販売することもある。書店員でありながら、こうした人脈をもっているのも布川さんの強みだ

講演内容は数学愛好家にとっても「むずかしい」

また最上階の7階イベントスペースでは、数学者の講演やサイン会も開く。2022年開いたものを紹介する。

《田中一之先生によるロジック短期集中講座『様相論理入門』》
(『ガロア理論12講』発売記念 加藤文元先生講演会)
《『圏論の地平線』発売記念 講演&サイン会》

いずれも多くの数学愛好家がつめかけた。いったい、数学愛好家とはどのような人物だろうか。

「中高年の男性が多いです。昔取った杵柄じゃないですけれど、青春時代に数学になじんだ方が、またやってみたいと来てくださることのようです」

そういうお客さんでも講座のレベルは高く、布川さんが感想を訊ねると「いや、難しいねえ」と苦笑いするのだという。にもかかわらず、2度3度と足を運んでくる人も珍しくない。

「わからないなりに、なんか楽しそうなんですよ。そしてその気持ちは数学素人の私にもわかります」

と、布川さんはうなずく。