数学愛好家が「聖地」と呼ぶ書店が東京・神保町にある。コーナーを担当する書店員の布川路子さんは、短大の国文科卒で、配属されるまで数学には縁がなかった。なぜ「聖地」を築きあげることができたのか。ノンフィクションライターの神田憲行さんが取材した――。
担当になった時には全くの素人だった
ここ10年ほどの間、「数学ブーム」だといわれて久しい。複数の大人向けの数学塾が開校したり、大がかりな数学イベントも開催されたりした。その動向はNHK番組「クローズアップ現代」でも特集されている。
書籍でもタイトルに「文系でもわかる」「大人の学び直し」とついた数学書が書店に並び、数学をテーマにした漫画の刊行も相次ぐ。そんな「数学愛好者」「数学好き」たちから「聖地」と呼ばれるのが、東京・神田神保町にある「書泉グランデ」だ。4階の数学書コーナーを担当する書店員の布川路子さんは、愛好家たちにはおなじみの存在で、数学ブームのたしかな牽引者となっている。
「たぶん一般の人が数学の面白さに気付いたのは、小川洋子さんの小説『博士の愛した数式』(2003年)あたりからじゃないかと思います。それからジワジワといろんな分野で数学をテーマにした書籍が出て、個人的には漫画の『はじめアルゴリズム』(三原和人著・講談社)が印象的でした。雑誌『モーニング』で連載されて、内容はなかなか高度なのに10巻も続いてすごいなと思いました」
布川さんは短大で国文学を専攻していて、数学については全くの門外漢だ。担当者になったのは2010年の冬のころ。前任者が異動で抜けて、同じフロアで建築を担当していた布川さんが横滑りで担当することになった。
「自分でも担当になって『えー』て感じですよ。母親に『数学書の担当になった』と告げると、『あなたにできるの?』と驚かれたぐらい。子どもの頃から数学は全然ダメで苦手でしたから。代数とか幾何というジャンルもおぼつかなくて」