では、認知症になる人とならない人ではいったい何が違うのでしょうか。老年精神科医として30年以上働いてきた私の経験から言えることは、認知症の発症は60代から70代にかけての生き方が大きく関わっているということです。それは、脳を積極的に使う生き方をしていたか否か、です。

歩かないでいると徐々に歩けなくなってしまうように、体の機能は使っていないと衰えて縮んでいきます。これを「廃用性萎縮」といいます。

脳も例外ではなく、使っていないと縮んでいきます。とくにアウトプットをしないと前頭葉が縮んで老化が進んでしまいます。そうならないために、「老害の壁」を打ち破って活発に生きることが大切なのです。

脳の神経細胞は年をとっても増える

認知症の典型的な症状の1つに記憶力の低下がありますが、これは脳の記憶を司る「海馬」という部位の萎縮によって起こるといわれています。

一方、かつて脳の神経細胞は、成人になってから増えることはないと信じられてきました。そのため、脳の専門家も大人になれば記憶力は衰えると思い込んでいたのです。

ところが、現在ではこの考え方は否定されています。そのことを明らかにしたのは、ロンドン大学の認知神経学者、エレノア・マグワイアー博士です。

2000年、マグワイアー博士は、地図などの記憶力にすぐれたタクシードライバーと一般人の脳の比較研究を始めたところ、タクシードライバーの海馬が一般人より大きく発達していることがわかったのです。なんと、運転歴30年を超えるドライバーは、海馬の体積が3%も増えていることがわかりました。

研究の対象になったタクシードライバーは、カーナビゲーションを使っていません。ベテランのドライバーは、道路地図を記憶しておいて、乗客から行き先を告げられると、瞬時にルートを考えて、道路の混み具合なども勘案して、最適なルートで走ります。このように地図を記憶し、その地図の記憶を引き出す作業を繰り返すうちに、海馬の神経細胞が増えたと考えられます。

その後の研究では、脳を鍛えると、神経細胞だけでなく、神経細胞と神経細胞をつなぐシナプスの数も増えることがわかりました。ですから、年をとっても、鍛え方次第で記憶力をよくすることは可能なのです。

若者も高齢者も記憶力に差はない

もう1つ、75歳ぐらいまでは記憶力はそれほど衰えないことも、最近の脳研究でわかってきました。

米タフツ大学のアヤナ・トーマス博士らが行った研究で、18~22歳の若者と、60~74歳の年配者のグループ(各64人)に、単語リストにある多数の単語を記憶してもらった後、別の単語リストを見せて、もとのリストに同じ単語があるかどうかを尋ねました。

その際、事前にこの研究が「ただの心理実験」だと説明していたとき、若者と年配者の正解率には差がほとんど見られませんでした。

しかし、事前に「高齢者のほうが成績は悪いものだ」と告げておくと、年配者の正解率だけが大きく低下しました。

この研究は、もともと若者と年配者には記憶力の差はない。しかし、事前に高齢者の成績が悪いという情報を与えることで、年配者は「記憶する意欲」を失って記憶力が低下する、ということを明らかにしました。