不寛容がはびこる日本

そもそも老害とは、迷惑な老人を侮蔑交じりに指す表現です。しかし、レジの支払いに多少時間がかかるくらいで、「人に迷惑をかけている」と言えるのでしょうか。

すべての高齢者がレジの支払いに時間がかかるわけではありませんし、若い人でも時間がかかる人がいます。別に、年齢のせいだけではないでしょう。

もっとわかりやすい例では、運転免許の返納があります。テレビのワイドショーで、高齢者の運転事故が報道されるたびに、「高齢者の運転は危ないから、早く免許返納させろ」という空気が日本じゅうに広がっていきます。

でも地方に住んでいる人はご存じだと思いますが、日本には車がないと買い物にも病院にも行けない地域がたくさんあります。高齢者世帯が免許を奪われたら、どんなに不便な生活を強いられるか、ちょっと想像してみればわかるでしょう。

そこで、「生活に困るから、まだ運転させてください」と高齢者がお願いをしても、家族やマスコミから老害と言われてしまうのです。

葛藤する高齢者たち

高齢者の運転が危ないというのは、いわゆるフェイク・ニュース(ニセ情報やデマ)であって、実は何の根拠もありません。この問題は根が深く、世間の「決めつけ」とのはざまで高齢者は葛藤を抱えています。

また、コロナ禍で外出自粛を強く要請されたのも、リタイアした高齢者でした。高齢者は重症化率や死亡率が高いというのが根拠になっていますが、要請を真面目に守った高齢者の中には筋力が低下し、歩けなくなる人が続出しています。

高齢者を自宅に閉じ込めれば、このような結果になるのは医学の専門家にはわかっていたはずなのに、国や自治体の無策と医者の無知のため、高齢者の健康寿命が縮められているのです。

一方、「歩けなくなるかもしれない」という不安から、マスクをつけて家の近所を散歩していた高齢者もいましたが、やはり「出歩くな」と言われました。家の近所を散歩するだけでも医療が逼迫ひっぱくして、みんなに迷惑をかけるとでも言うのでしょうか。

若い人たちに言わせれば、コロナ禍の外出も老害なのです。