背景には福祉事務所職員の不勉強の問題も

こういった背景には何があるのか。

福祉事務所の職員の数が少ない、職員は人事異動のサイクルが3年程度なので質が担保できていない、などがあげられる。1人で100世帯、200世帯を担当する自治体もあり、非正規の職員にまかせっぱなしで研修制度がきちんとしていないところもあるのだ。公務員といっても1人の住民なので、住民の中に生活保護は恥ずべきもの、利用しないほうがいいという価値観があると、それを引きずったまま公務を行う場合もあるのだと、田川は言う。

樋田敦子『コロナと女性の貧困2020-2022 サバイブする彼女たちの声を聞いた』(大和書房)

さらに誤った制度理解を持つ先輩が、間違ったまま後輩に伝えたこともあった。小田原市の職員が「生活保護なめんな」という文字の入ったジャンパーを着ていた事件は、当時の保護係長が提案した。「だからこそ研修が必要なのです」と田川は強調する。

水際作戦に続いて、「沖合作戦」もある。「生活困窮者自立支援制度は、一部現金給付がありますが、基本は貸付です。生活保護とは雲泥の差なのです。生活保護にたどり着く前に、沖合ではねつけるということで、“沖合作戦”と呼ばれていますが、他法他施策を口実に、生活困窮者自立支援制度で何とかしようとする自治体がある」

横浜のケースでは、本人がスマホで録音していたことが大きかった。もし録っていなかったら「いや、そんなことは言ってません。適切に説明しましたよ」で終わりになっていたかもしれない。

「録音禁止と書いている窓口もあるけれど、録音禁止の根拠はないのです。防衛策としては、相談の際に録音しておくことは大事かもしれません」

生活保護の申請書はダウンロードしたものが認められるようになった。つくろい東京ファンドの「フミダン」は23区ならファクス申請ができるようになっている。新聞広告の裏にでも保護申請書と書いて出せばいいのだと田川は言う。決まった書式はない。

「書き直せとか、これでは受け付けられません、という自治体もあるけれど、それは間違いです」

今後、困った人が生活保護を申請できるように、私たちに何かできることはあるのだろうか。田川は話す。

「生活保護を利用しても恥ずかしいことではない、という雰囲気を作っていただけたらと思います。そういう人がいたら、そんなことはないということを身近なところで発信していただけたらいいなと思う。そして特に若い世代には、政治に関心を持ってほしいです。これまで政治家が生活保護バッシングしてきたので、さらに悪いほうにいってしまった。日本の若者は主権者教育を受けていないので、困ったときにどうしたらいいのかを教えてもらっていないのです。だからSOSが出せない。出したらいけないと思わせられている。生活保護を利用してもらうためには、行政が相当がんばって宣伝しなきゃいけない。韓国のように『あなたも生活保護が利用できます』と地下鉄の広告に張り出したり、バスの吊り広告やユーチューブで配信したり。それが国の役割ですよ」

生活保護は、国民に与えられた権利だ。日本人は権利に疎い国民でもあるが、自分の力で生活ができない人は、老いも若きもなく公助に頼ろう。生活保護を受けやすくして捕捉率を上げていくことこそが国の責務だと思う。

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