マスクを着用するとパフォーマンスが21%低下

各プレーヤーが実際にマスクを着用しているかどうかについては、直接的に観察記録はないものの、大会や国ごとに着用が義務化されているかどうかが時期によって異なることを利用した。例えば米国や英国では2020年3月からマスク着用義務がゲーム中も課されたが、ドイツでは課されなかったという。もちろん日本のようにマスク着用の義務はなくとも自発的に着用を続けることは考えられる。ただビデオの映像が残っている試合について確認したところ、着用義務がないにもかかわらず自発的に着用を続けるプレーヤーは少なく、5%未満であることを確認している。

写真=時事通信フォト
第48期棋王戦挑戦者決定2番勝負第2局、感想戦で対局を振り返る藤井聡太五冠(左)と佐藤天彦九段(右)、2022年12月27日[代表撮影]

分析結果はマスクがパフォーマンスに与える影響に関する、初めての頑健な結果を示していた。すなわち、マスクを着用したプレーヤーの手の質の指標は3分の1標準偏差程度低下したという。直観的にわかりやすい結果としては、各プレーヤーが最善手を指す割合を29%から6pt低下させていた。この低下幅は「最善手を指す割合」というパフォーマンス指標の21%の低下に相当する。一方で、試合を左右するような悪手(エラー)を指す確率も上昇したが、上昇幅は大きくなかったという。以上の結果から、マスクの着用は全般的に「良いパフォーマンス」を出せる確率を減少させるが、「悪いパフォーマンス(エラー)」を出す確率には影響をさほど与えないと言えそうだ。

棋士の佐藤天彦9段はマスクを外して反則負けに

また、手の質をゲーム時間別に解析してみると、ゲーム開始直後から数時間はマスクの効果は大きいものの、ゲーム開始4時間後には有意差は確認できなかった。4時間着用を続けると慣れてくるため、素顔とマスクの間の差はなくなったと考えられる。

また、プレーヤーの質でもマスク着用の効果は異なるという。マスクの効果はよりトップレベルのプレーヤーになるほど大きく、質の低いプレーヤーでは差がなかった。また、より多くのトッププレーヤーが集う大会ほどマスクの着用の負の効果は大きかったという。日本でも将棋のトップ棋士のリーグ戦であるA級順位戦において佐藤天彦9段がマスクを外していたため反則負けとなったことがあった。1月10日には日浦市郎8段も「鼻マスク」により反則負けとなっている。彼らのようなプレーヤーでは副作用があることが科学的データでも示されており、将棋連盟はマスク着用規定を再考したほうがいいだろう。

また、年齢によっても結果は異なる。特に興味深いのは、20歳未満や50歳以上といった年齢ではマスクの着用の効果は有意ではなく、ビジネスパーソンに近い年齢層(20歳から50歳)でマスクのデメリットがあったという。