※本稿は、久坂部羊『寿命が尽きる2年前』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
基準値は絶対的な指標ではない
今の日本には、“心配を好む文化”がはびこっているようにも思えます。多くのことを心配することで、安心するという奇妙なパラドクスです。
健診センターで診察をしていると、数字が人々に大きな影響を与えていることに驚かされます。特に血液検査は、基準値があるので気になるようです。
基準値内であれば安心かというとそうではなく、人によっては、ギリギリではなく余裕のある基準値内でないと安心できないと言ったりします。
以前は基準値ではなく、「正常値」と書いてありました。すると、そこからはずれると異常なのかと過剰反応する人がいたので、「基準値」に改められたのです。ですから、あくまで基準なのですが、数字に影響を受けやすい人には、絶対的な指標となるようです。
しかし、この基準値が老いも若きも同じというのは不合理です。
男女で分けている項目もありますが、年齢で分けているものはありません。コレステロールとか、飲酒をする人のγ-GTPなどは、年齢とともに増えるのが当たり前ですし、赤血球やヘモグロビンは年齢とともに減って当然ですから、若い人の基準を当てはめれば、自ずとそこからはずれることになります。
さらには、基準値がたびたび変更されることも問題です。ある女性の受診者は、総コレステロールが241mg/dlだったので、ひどく心配していました。基準値が219mg/dl以下と書いてあるからです。
そこで、「私が医学部の学生のときには、総コレステロールの正常値は250mg/dl以下でしたよ。それにコレステロールについては、基準値より少し高めのほうが長生きするというデータもあります」と話すと、少しは安心したようでした。
現在と昭和で異なる基準
似たようなことは血圧でも言えます。
今は高血圧の診断基準が、収縮期血圧が140mmHg以上、もしくは拡張期血圧が90mmHg以上となっていますが、私が医学生だった40数年前は、収縮期血圧が160mmHg以上、かつ拡張期血圧が90mmHg以上で、片方だけが超えているものは「境界例」とされていました。
すなわち、収縮期血圧が150mmHgでも、当時は薬をのまなくてよかったのです。血圧は年齢とともに上がるのがふつうですから、若者の基準を当てはめると、異常者が続出するのは当然です。
昭和の時代には、「血圧は年齢プラス90が正常」と言われたものですが、案外、それがまっとうな基準なのかもしれません。