なぜ「キンシャサの奇跡」と呼ばれるのか

後に「キンシャサの奇跡」と呼ばれるこの試合は、世界ヘビー級の歴史に残るだけではなく、20世紀に行なわれたあらゆるスポーツイベントの中でも特筆すべきものになった。

世界ヘビー級の長い歴史において、タイトルを失ったチャンピオンが王座に返り咲いたのはフロイド・パターソン以来2人目だったが、パターソンの場合はダイレクト・リターンマッチで1年後に取り戻したのに対して、アリの場合は7年の歳月をかけたものだった。

百田尚樹『地上最強の男 世界ヘビー級チャンピオン列伝』(新潮文庫)

トップでいられる期間の短いプロボクシングの世界において、全盛期を過ぎたボクサーが最強のチャンピオンからタイトルを奪回するなど、それまでのボクシング界の常識では考えられないものだった。7年の歳月はアリからアスリートとしての力を奪っていた。しかしアリは超人的な意志と努力によって、ついにタイトルを奪い返したのだ。世界はまさしく「奇跡」を目の当たりにした。

タイトル奪回までの闘いは恐ろしく過酷なものだった。その闘いはリングの上だけではなく、国家と大衆を相手にしたものだった。そしてアリはこの2つの闘いに勝利した。自らの信念を曲げることなく堂々と主張を貫き、裁判闘争によって無罪を勝ち取ったばかりか、ついには彼を罵倒し非難していた大衆さえも味方につけたのだ。

この長い闘いによって、モハメド・アリはフォーク・ヒーロー(民衆の英雄)となった。

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