子供が12歳のときにAIDで生まれたことを告知した前出の母親も、遺伝的につながっている提供者についての情報を入手しようと慶應大学に手紙を書いたがかなわなかったという。その母親が言う。「よく勘違いされますが、提供者は遺伝的には子供とつながっていますが、その人は娘の“父親”とは違います。娘の父親は生まれてからずっと育てた人です。“父親探し”という言葉を使うと、誤解を生みかねません」

大野和基『私の半分はどこから来たのか AIDで生まれた子の苦悩』(朝日新聞出版)

AIDの問題は、まず親が子供にその事実を隠すことから始まる。加藤はこう話す。「日本でよくないのは、AIDについて真実を語ろうとしないことです。誰もが隠しておけばみんなが幸せになると仮定して、AIDをずっと実行しています。親も医師も、もちろん提供者もだまっている」

加藤が実名で私の取材に応じたのも「隠す」ことに対する限界を感じたからだ。「親が傷つくかもしれないから実名を出さないとか、子供が親に対して配慮しないといけないということ自体が、そもそもおかしい」。AIDで子供を産んだことを隠すのは、親が負い目を感じているからだと加藤は言う。

子供にAIDで産んだことを告白した前出の母親も、その事実を隠していることが苦しく、一時、うつ状態になった。しかし、心療内科にかかっても薬を処方されるだけだったという。この母親が打ち明ける。「そんな私を見かねてか、子供が12歳のときの大晦日に、夫が突然『告知しよう』と言ってくれたのです」。子供は「ふーん。そうなんだ」と返事をしたきり何も言わなかったが、その心中は推し量りようがない。それ以上、子供は何も言わなかった。

加藤の母親がAIDの事実を認めたとき、加藤はしばらく父親に「お父さん」と呼びかけることができなかったという。父親の顔を見ても「自分の父親じゃない」と、頭の中で否定してしまうのだ。約8カ月後、ようやく父親にAIDについて聞いた。すると「おまえが知ったことは知っていたよ」と言われた。さらっと答えられたので、拍子抜けしたという。その瞬間から加藤はまた「お父さん」と呼べるようになった。あくまでも育ての父親が“本当の父親”であり、生物学上の父は顔も見たことがないので、父親ではないのだ。

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