「沈黙の演技」の原点

高倉さんは『アルフィー』の主題歌作曲者を知っていたくらいだから、主演の俳優マイケル・ケインのことももちろん知っていただろう。なんといっても高倉さんはマイケル・ケイン本人と1970年の映画『燃える戦場』で共演している。

この映画は大してヒットしなかった。監督はロバート・アルドリッチで主演はマイケル・ケイン。高倉さんは日本軍の将校を演じた。

撮影=山川雅生

なお、マイケル・ケインは『アルフィー』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、『ハンナとその姉妹』でアカデミー助演男優賞を受賞。『バットマン』シリーズではペニーワースという執事を演じた俳優だ。

マイケル・ケインは『わが人生。名優マイケル・ケインによる最上の人生指南書』(集英社)という自伝、演技についての本を出している。そこにはスターの演技の流儀、演技のコツがいくつも載っていて、冒頭には、ハリウッドの大スター、ジョン・ウェインがマイケル・ケインに授けた「スターでいるためのコツ」まで書いてある。

念のため、ジョン・ウェインは『駅馬車』『リオ・ブラボー』『史上最大の作戦』などに出演し、デューク(公爵)という愛称を持つハリウッドスターだ。

マイケル・ケインはこう書いている。

「スターでい続けたいなら、これを覚えておくといい」

「口をあんぐりさせている私(マイケル・ケイン)を見つけると、彼(ジョン・ウェイン=筆者注)は向きを変えてこちらに近づいてきた。

『君、名前は何ていうんだ?』
『マイケル・ケインです』と私は緊張で声を絞り出した。
『そうか』と言って彼は頭を傾けた。
『「アルフィー」に出ていたな』
『はい』と私は声にならない返事をした。
『君はスターになるよ』

と彼はゆっくり言いながら、私の肩に手を回した。

『だが、スターでい続けたいなら、これを覚えておくといい。低い声でゆっくり話し、多くを語るな』
『分かりました、ミスター・ウェイン』
『デュークと呼んでくれ』

と言って彼は私の腕をポンとたたき、振り返って颯爽と行ってしまった」

デュークは長年、スターでいるためのコツを「低い声でゆっくり話し、多くを語るな」と言った。

そして、高倉健はその通りをやった。「低い声でゆっくり話し、多くを語らない」から、終生、スターだったのである。

高倉さんがジョン・ウェインの教えを聞いていたとは思えない。けれど高倉さんはこう言っていた。