2014年に83歳で亡くなった俳優・高倉健さんは、生涯にわたって「映画スター」という孤高の存在であり続けた。なぜ高倉健さんだけが、そうした生き方をつらぬけたのか。『高倉健 沈黙の演技』(プレジデント社)を出すノンフィクション作家の野地秩嘉さんが書く――。(第1回)
俳優・高倉健
撮影=山川雅生

音楽をかけると、ほほ笑みながら…

あれは映画『ホタル』の時だから、2001年だった。

高倉健さんのインタビューをいつものように高輪プリンスの迎賓館で行った。

「いつものように」の意味は、そこが高倉さん指定のインタビュールームだったからである。

インタビューの後、撮影があり、その間、わたしは音楽を流した。高倉さんが好みそうなCDを持って行って、部屋中に流したのである。

曲は、映画『アルフィー』(1966年)のテーマだ。しかし、サントラ版ではない。スティーヴィー・ワンダーがハーモニカで吹いたバージョンだった。

聴き惚れていた高倉さんはわたしのほうを向いて微笑とともにひとこと呟いた。

「バカラック」

当たり、である。

「アルフィー」のテーマを作曲したのはバート・バカラック。主題歌を歌ったのはシェール。ちなみに音楽担当はソニー・ロリンズ。超一流ばかり。

なぜ、スティーヴィー・ワンダーのバージョンにしたかといえば、映画『ホタル』のなかで高倉さんがハーモニカを吹くシーンがあったからだ。

高倉さんもわたしの意図がわかったようで、「もう一度、かけてくれない」と言った。

なんでもあげてしまう人が「もらっていい?」

同じ曲を2度聞いた後、真剣な表情になった。

「野地ちゃん、このCD、もらっていいかな?」

高倉健は人にロレックスの時計や高級スーツや高級ダウンジャケットをあげる人だ。なんでも人にあげてしまうのである。わたしは「ベンツをもらった」人も知っている。

その人は高倉さんから「はい、これ」と言われて、ベンツのキーを渡された。動揺したけれど、ええい、ままよと表に駐車してあったベンツに乗って帰ってきたそうだ。

「いやー、断るわけにもいかないでしょう。だから乗って、自宅に帰ったけれど、車庫証明やら車検のことを高倉さんにたずねるわけにもいかず、さりとてそのままにしておくわけにもいかず、まったく、往生しました」

確かに、ベンツをもらったら普通の人は困る。

しかし、彼は「困ったけれど、でも、とってもありがたかった」と言っていた。

話はそれたが、高倉健は「人にモノをあげてしまう人」なのである。その人が「CDを1枚くれないか」と頼んできたのだから、それはもう「どうぞ。どうぞ」と答えるしかなかった。

さて、話はやっと本題だ。