「やめようよ」スターが断わっていた仕事とは

撮影所やロケ現場におけるインタビューや立ち話で彼が話したことは徹頭徹尾、映画と演技についてだけだ。

わたしはそれが聞きたかったし、本人もまた当たり前のように、そのことを話した。

人生とか生き方について、本人が好んでしゃべっていたとは思わない。求道者でもなく、哲学者でもなく、教師でも導師でもない。高倉健は映画スターだから。

ある時のこと、わたしが芸術家との対談企画を持って行ったら、首を振った。

「やめようよ、野地ちゃん。だって、こんなのやったら文化人になっちゃうでしょう」

野地秩嘉『高倉健 沈黙の演技』(プレジデント社)
野地秩嘉『高倉健 沈黙の演技』(プレジデント社)

高倉健は文化人にはなりたくなかった。文化人になってしまった俳優を認めていなかった。それどころか映画について語る文化人、評論家についても認めていなかった。

彼が認めて、敬意を払っていたのは映画の現場で一緒に働くスタッフだけだ。

「俳優は文化人や評論家になっちゃだめだ。野地ちゃんみたいなライターの仕事だって文化人や評論家になっちゃだめだ」

わたしは言われたことを守っている。文化人や評論家ではなく、わたしは職人だ。上から目線で人の仕事を評価したことはないし、しようとも思わない。