「スタッフを信用している」ことを態度で示す
スタッフを尊重し、自由にさせる一方、ボイルは「防衛」のための対策も怠らなかった。防衛にもやはり、こうすればうまくいく、という一定の法則のようなものはなく、「芸術」のようなところがある。
ボイルには、映画の現場での豊富な経験があった。その経験を活かして、自分の見たことを言いふらす危険性の高い目立ちたがりのボランティア志望者を排除し、「コスチューム代金を払わせろ」という頭の固いオリンピック委員会の要求をつっぱね、スタジアム上空が飛行禁止空域になる期間を狙ってリハーサルをすることでマスコミがヘリコプター取材できないようにし、建物の入り口の警備を固めて情報漏洩を防いだのだ。
ボイルは、携帯電話を没収することも、スタッフに機密保持契約書への署名を求めることもしなかった。知らない間に、スタッフになりすました匿名のジャーナリストが入り込んでいた可能性はあるが、それでも、ボイルの知る限り情報漏洩は起きなかった。一人一人確かめたわけではなかったが、ボイルは「自分はスタッフを信用している」と態度で示していた。それが良い結果につながったのは確かだろう。#SaveTheSurpriseというハッシュタグの役割も大きかった。
「価値観はもちろん、皆、違っているでしょう」。ボイルはそう回想する。「ただ、それでも全員が同じ立場にいることはできます……書面などに書かなくてもそれは可能なんです」
サプライズは見事に成功した
オリンピック開会式は無事、本番を迎えた――メアリー・ポピンズ、ミスター・ビーン、J・K・ローリングが登場し、巨大なトランポリンのようなベッドも、花弁を集めた聖火台も予定通りに登場させることができた。イギリスの技術革新、社会改革の歴史を見せることもできた(「国の持つ高い価値を表現できた」とボイルは言う)。つまり、ボイルの望んだ通り「サプライズ」が成功したのだ。
映像ではあるが、女王も登場し、バッキンガム宮殿で、ジェームズ・ボンドに扮したダニエル・クレイグに出迎えられ、ヘリコプターでスタジアムへと向かう。スタジアムでは、女王(こちらは本物の女王ではなく、女王に扮したスタントマン)はボンドと共にヘリコプターからパラシュートで降下し、VIPセクションへと歩いて行く。
ウィリアム王子とハリー王子が貴賓席につき、後ろを振り返ると、そこには本物の女王が現れ、仰天する。王子たちですら、その仕掛けを知らなかったのだ。まさに完璧な夜だった。誰も異論はなかっただろう。