ロンドン五輪の開会式には1万人のボランティアがかかわった。芸術監督を務めたダニー・ボイルさんは、開会式の準備を進めながら、1万人に秘密を守らせる必要があった。いったいどうやったのか。オックスフォード大学で教壇に立つデイヴィッド・ボダニスさんの著書『「公正」が最強の成功戦略である』(光文社)より紹介しよう――。
指を口に当てるサイレントのジェスチャー
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携帯持ち込みOK、秘密保持契約書には署名させない

ロンドン五輪開会式の芸術監督を務めたダニー・ボイルは開会式に関する情報を、関わるスタッフが多数いるにもかかわらず、当日までの間、秘密にしなくてはならなかった。ボイルは、関係者たちの意識を良い方向に変えれば、それは十分可能だと気づいた。

デイヴィッド・ボダニス『「公正」が最強の成功戦略である』(光文社)
デイヴィッド・ボダニス『「公正」が最強の成功戦略である』(光文社)

実のところ、ボイルはプロジェクトが始まる前から有利だった。彼は以前から、共に仕事をするスタッフに敬意を持って相対していた。いつも食事休憩は十分に取るようにしていたし、追加の報酬なしで残業させることは決してなかった。スタッフそれぞれの知識や技能を尊重し、その人が得意なことはできるだけ任せるようにしていた。

後に、ナイトの称号を授与されるという話になった時は、それを断っている。ボイルはそれについて「柄じゃないです。そもそも、ミスター・ボイルと呼ばれるだけでもちょっと恥ずかしいくらいなんです……人は皆、平等というのは、政治家にとっては単なる便利なキャッチフレーズかもしれませんが、私は心からそう信じています」と言っている。

オリンピック委員会は、ボイルに対し「これまでの開会式では、スタッフがカメラ付きの携帯電話を持ち込むことを完全に禁止していたし、全員に、機密保持契約書への署名を求めたので、今回も同じようにして欲しい」と言ってきた。しかし、ボイルはスタッフに、携帯電話の持ち込みは一切、禁止しないし、機密保持契約書への署名は誰にもさせないと明言した。

1万人のスタッフの大半は無償ボランティア

オリンピック委員会は、開会式に関わる全スタッフを有償とすることを望んでいた。そうすれば、「何かあれば報酬を払わないぞ」という脅しが利くと考えたのである。だが、ボイルは大半のスタッフを無償にすることを決断した(撮影スタッフやソフトウェア・エンジニアなど、特殊技能を必要とするスタッフは除く)。

また、オリンピック委員会は、スタッフをできる限り小さなグループに細分化することを望んだ。小さなグループに分かれていれば、一人のスタッフが知り得る範囲は開会式のごく一部にとどまる。そうすれば、仮に情報漏洩があっても損害は大きくならないだろうと考えた。ボイルはそれを良い考えだと思わなかった。彼はこれまでにも、大きなイベントで、スタッフが自分のしていることがわからずに混乱してうまく動けない、という状況に陥るのを何度も見てきたからだ。

「ある時点で自分は左腕を上げなくてはならないのは知っているが、なぜ、そうしなければならないかがわからない」。ボイルは、そういう開会式を望んでいなかった。彼はオリンピック委員会に、「スタッフには自分の行動が全体の中でどういう意味を持っているのかを常に理解していてもらいたい」と告げた。プロジェクトの初日からそういう姿勢で臨んだのである。