オランダ企業で最大の時価総額を誇るASMLは「半導体露光装置」のメーカーである。この分野ではかつてニコンとキヤノンが大半のシェアを持っていたが、現在はその一部から2社とも撤退している。一橋大学名誉教授の野口悠紀雄さんは「2社ともカメラという消費財に注力してしまった。そうでなければ世界は変わっていたはずだ」という――。(第2回/全3回)

※本稿は、野口悠紀雄『どうすれば日本人の賃金は上がるのか』(日経プレミアシリーズ)の一部を再編集したものです。

キヤノンのオフィスビル(左)、ニコンの看板(右)
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時価総額でトヨタに匹敵する「オランダのASML」

オランダにASMLという会社がある。この会社は、オランダの企業の中で時価総額が最大だ。オランダのトップ企業はフィリップスだと思っていた人にとっては驚きだ。「そんな会社、聞いたこともない」という人が多いだろう。実際、ASMLは、歴史の長い企業ではない。

生まれたのは1984年。フィリップスの一部門とASM Internationalが出資する合弁会社として設立された。そして、フィリップスのゴミ捨て場の隣に建てたプレハブで、31人でスタートした。現在の時価総額(*)は2642億2000万ドル。世界の時価総額ランキングで32位。29位のトヨタ自動車とほぼ並ぶ。時価総額は、トヨタ自動車2742億5000万ドルとほぼ同じだ。世界第678位のフィリップス(293億5000万ドル)の10倍近い(*時価総額は2022年2月の計数。以下同様)

ASMLの2020年の売上高は160億ドル(約1兆8000億円)、利益(EBIT:利息及び税金控除前利益)は46億3000万ドルだ。トヨタ自動車の場合には、売上が2313億2000万ドル。利益は169億9000万ドルだ。売上に対する利益の比率は、ASMLが遙かに高い。しかも、従業員数は2万8000人しかいない(2020年)。トヨタ自動車(37万人)のわずか7.6%である。

かつてはニコンとキヤノンのライバル会社だったが…

ASMLは、最先端の半導体製造装置を作っている。極小回路をシリコンウエハーに印刷する極端紫外線(EUV)リソグラフィと呼ばれる装置だ。大きさは、小型のバスくらい。この技術は、ASMLがほぼ独占している。年間の製造台数は50台ほどだ(2020年度は31台。21年は約40台、22年は約55台の見通し)。

1台あたりの平均価格が3億4000万ドル(約390億円)にもなる。大型旅客機が1機180億円程度といわれるので、その2機分ということになる。主なクライアントは、インテル、サムスン電子、TSMC(台湾積体電路製造股份有限公司)などだ。

半導体露光装置は、もともとは、日本の得意分野だった。ニコンが1980年にはじめて国産化し、90年にはシェアが世界一になった。キヤノンも参入し、95年頃まで、ニコンとキヤノンで世界の70〜75%のシェアを占めた。ASMLの最初の製品も半導体露光装置だった。この時代、キヤノンやニコンは、ゴミ捨て場に誕生した会社のことなど、歯牙しがにもかけなかっただろう。しかし、ニコン・キヤノンのシェアは、1990年代後半に低下していった。

その半面で、90年には10%にも満たなかったASMLのシェアは、95年には14%にまで上昇し、2000年には30%になった。10年頃には、ASMLのシェアが約8割、ニコンは約2割と逆転した。そして、キヤノンはEUV露光装置分野から撤退した。ニコンも、2010年代初頭に、EUV露光装置の開発から撤退した。