「恥ずかしくて周囲には一切言ってません」

大学時代に熱中したのは、中高生の頃の生活からは想像もつかないものだった。

「ずっと文化部か帰宅部だったので、大学が最後のチャンスだろうから何か体育会系の部に入ってみたくなったんです。特段の運動神経や筋力がなくてもついていけそうな種目を探して、結局アーチェリーを選びました。やってみると、1本1本射るごとに短時間でどんどん結果が出ていくところがすごく面白くて。大学の授業には必要最小限だけ出席して、ずっと部室か練習場にいましたね。力量はたいしたことありませんでしたが、たまに試合にも出たりして」

撮影=プレジデントオンライン編集部
アーチェリー部時代の思い出を語る山口氏。部活動や友人との付き合いをおおいに楽しんだ一方、時にサボりつつも気象記録は続けていた。

アーチェリー部では主務を担当した。

「その役割もけっこう楽しかったんですよ。例えば夏合宿だったら、自分なりのプランを作って業者さんとやり取りして、結果を部員たちに伝えて、とか。高校時代まで気象記録に没入していたせいもあって人との折衝なんてかなり苦手な分野だったんですが、大学の体育会ともなると他校の部員との接点もあったりするので、人間的にちょっとずつまともになっていきました(笑)」

とはいえアーチェリーと並行して、気象記録も相変わらず続けていた。

「部の友達と遊ぶのに忙しくてサボる日もあったりしましたが、やはり記録は取ってました。でも恥ずかしくて周囲には一切言ってません。大学生にもなって、雨の日は深夜0時に数値を測ってるなんてバレたら、絶対変に思われますから」

気象計測装置作りの熱も冷めることなく、この頃は地震計を完成させている。

「地震計は中3の時に地震を記録したい、どんな揺れ方をするのか見てみたい、と学校の図書館で本物の計測装置の基本構造を調べて、同じ原理で簡便なものを作ったのが最初です。大学生ともなるとバイトやったりしてお金に余裕ができますから、構造は同じですけどもっといい部材を使ってバージョンアップさせた2号機を製作しました」

撮影=プレジデントオンライン編集部
こちらは、ウェザーニューズ入社後に自作した地震計の記録紙。一から設計し組み立てることで、プロユースの計測装置における工夫点や盲点が見えてくることもあるという。

就職先は製薬メーカー

もはや生活習慣の一部とまで言える付き合いになっていたのに、しかし彼は就職活動の際、気象・地象に関する会社に応募しようとさえしなかった。

「高3ぐらいまではやれるものならと本気で考えてましたけど、大学で法学部に進んだ時点でまったくなくなりました。文系の学生が仮に気象会社に入れても、実務に携わることはできませんから」

それでも高校時代、理科では地学のほかに化学が得意だったので、文系学部出身者でもせめて化学の知識を生かして働けるところがないかと探したところ、製薬メーカーという業種に行きつく。

「仕事内容に興味を持って働けそうだし、将来潰れることはなさそうだって安定志向で製薬業界一本に絞った就職活動をして、最初に採用通知をくれた大阪の中堅メーカーにすぐ決めました。入社が決まった時は〈ここで定年まで勤め上げるんだ、この会社で頑張ろう〉と意気込んだのを、今でも覚えてます」