「20代の1.5倍いる60代が、20代の2倍選挙に行く」現実

その時の経験から、「もっと若い世代が積極的に政治に参加できるようにするにはどうしたらいいのか」と考えていた能條さんは、ある勉強会で、北欧では若者の投票率が高いことを知った。そして、デンマークの若者の4人に1人が行くといわれる「フォルケホイスコーレ」に3カ月間留学する。高校でも大学でもない全寮制の「民主主義の学校」だ。

2019年にデンマークに留学中、Vejleという町の音楽フェスティバルでヴィーガンクッキー、昆虫食クッキーを配る能條桃子さん(写真=本人提供)

そして帰国後の2019年に能條さんが立ち上げたのが、「若い世代なくして日本はない」を意味する、NO YOUTH NO JAPAN(以下NYNJ)だ。日本ではその年の7月に、参議院選挙が予定されていた。

能條さんが、メンバーを集めるために発信したSNSの投稿には、こう書かれている。

「同世代を選挙に送れないU30世代は、私たちの世代の願いや想いを託すために、政治家を選ぶ必要があるのです。わたしたちがいるよと示すために、選挙に行く必要があるのです。20代の1.5倍いる60代が、20代の2倍選挙に行く。これが今の日本の現実です……一緒に何かやりませんか?」

選挙権は18歳だが、参議院の被選挙権は30歳。18歳から30歳までの若者は、政治家としての政治参加はできないが、選挙で政治に参加することはできる。それを若者に訴えたのだ。

小中学校で子どもたちと給食を食べる政治家たち

能條さんの留学中、デンマークでは国政選挙があった。その時彼女を驚かせたのは、デンマークの若者の80%が、当たり前のように投票しているという事実だった。

選挙期間中は、ソファーでポップコーンを食べながらみんなで党首討論番組を見た。選挙当日は、学校でパブリックビューイングが開催された。大学生、高校生、高校を中退した人、誰もが各政党の政策や特色について、詳しく知っていたという。

「日本人が当たり前に九九を覚えているように、デンマーク人は各政党の違いを当たり前のように説明できる。そこに違いを感じました」と能條さんは言う。

そして、政治家と有権者の距離も近かった。

「学校では、政治家と話したことがない子はいないんです。政治家はよく小中学校に来て、子どもたちと一緒に給食を食べたりします」。学校で政治討論会も開かれ、出席した政治家は夕食まで子どもたちと過ごすという。「会議やお祭りに来ても、挨拶だけして帰るのが当たり前。顔と名前を売ることだけが目的で、『1日に何件回れるか』ばかり気にする日本の政治家と違い、一人ひとりときちんとコミュニケーションをとろうとしている感じがしました」

写真=大門小百合
インタビューに答える能條桃子さん

若者の街に「選挙案内所」、投開票日にパブリックビューイング

NYNJの活動を始めた能條さんは、まずは基礎的な知識を広めようと、選挙についてのわかりやすい解説を作り、インスタグラムで発信した。当初は、選挙期間中のキャンペーンとして2週間程度で終える予定だったが、フォロワー数が1.5万人になったことで、活動を続けていきたいと思うようになったという。

2022年の参議院選挙の際、NO YOUTH NO JAPANが東京・下北沢に解説した「投票案内所」(写真=NO YOUTH NO JAPAN提供)

現在のメンバーは60人ほどで、インスタグラムのフォロワー数は10万以上になった。地方選挙の投票率を上げるプロジェクトや、政治家とインスタライブを行うなどの活動も行った。また選挙前に、若者が集まる街、東京・下北沢に「投票案内所」を作り、各政党のパンフレットを置いたり、質問に答えていくと自分に合う政党が分かるというアプリの入ったiPadを置き、選挙に関心を持ってもらうための空間も演出した。選挙の投開票日にはパブリックビューイングを企画し、参加者と盛り上がった。

2022年7月10日の参議院選挙投開票日にNO YOUTH NO JAPANが東京・新宿で開催したパブリックビューイングイベントで、ジャーナリストの堀潤さん(左)と対談する能條桃子さん(右)(写真=NO YOUTH NO JAPAN提供)

企業とのコラボも積極的に進めた。マッチングアプリのTinder(ティンダー)の協力を得て、広告のような形で「7月10日(日)は参議院選挙。投票しよう!」「逆に投票しない理由って何ですか」などのメッセージをアプリに無償で出させてもらったり、グループでスケジュールの共有ができるカレンダーアプリのTimeTree(タイムツリー)と提携し、アプリのカレンダーに「投票日」と自動表示されるようにしてもらったという。

「祝日と同じように、カレンダーに自動的に投票日が表示されるようにしました。TimeTreeでは家族でカレンダーを共有している人も多いので、投票日の表示を見て『家族みんなで投票に行こう』というコミュニケーションをしてほしいと思ったんです」

やりたいことは、まだたくさんある。例えば、「すべての携帯会社が選挙の前日に、『明日は選挙です』というSMSのショートメッセージを一斉送信してくれれば」など、楽しそうに語る。アイデアは次々と浮かんでいるようだ。

20~30代の女性候補を増やしたい

能條さんたちは今年9月、NYNJとは別に、若い女性候補者を応援する「FIFTYS PROJECT」を立ち上げた。「投票に行くだけが政治参加ではない。立候補することには、まだあまり光があたっていない」という問題意識からだった。このプロジェクトは20~30代の女性議員を増やすことを目的とし、まずは来春の統一地方選挙に照準を合わせ、全国の地方議会で200人以上の女性が立候補することを目指している。

「自分たちの仲間から200人を出すということではなく、日本全体で200人になればいいと思っています。私たちが、その一部を担えればという意識です」と能條さんは言う。

写真=大門小百合撮影
2022年9月6日、東京・霞が関の厚生労働省でFIFTYS PROJECTの記者会見を行った、代表の能條桃子さん(右から2人目)、副代表の福田和子さん(左から2人目)らプロジェクトメンバー。