日本は世界の潮流から外れている

日本の一部では、イギリスで女系継承により王朝交替が起こって、チャールズ3世の父親だったフィリップ王配の姓(ファミリーネーム)であるマウントバッテン朝に改まるという臆測もあった。だが、そのようにはならなかった。

女系継承に基づく国民の分断や英国が英国ではなくなる――などに至っては、誇大妄想としてもあり得ない。

そもそも21世紀の現代に、伝統ある立憲君主国の中で「女系」継承によって君主の地位の正統性や権威が左右されるなどと大騒ぎする国が、一体どこにあるだろうか。

今どき、「一夫多妻」制を採用しているヨルダンやサウジアラビアなどを除き、君主の地位の継承資格を「男系男子」に限定しているような国は、日本以外には“ミニ国家”のリヒテンシュタイン(人口わずか4万人弱)ぐらいしか存在しない。

無理筋な「男系男子」限定

このように見ると、わが国での皇位継承の在り方をめぐる議論において、一部の人たちが、明治の皇室典範で新しく法的ルールとして採用された、皇位継承資格を「男系男子」に限定する“縛り”を頑なに維持しようとする姿勢は、かなり奇異と言わざるをえない。

もともとそのような縛りは、明治典範に規定されていた、正妻以外の女性(側室)から生まれた子供など(非嫡出子・非嫡系子孫)にも継承資格を認めるという旧時代的な仕組みと“セット”でなければ、決して維持できないルールだった。

今の皇室典範では、非嫡出子・非嫡系子孫には皇位継承資格以前に、“皇族”としての身分自体も認めていない。だから、もし本気で皇室の存続と皇位の安定的な継承を願うならば、皇室典範がルールを変更した時点で、それとセットで「男系男子」限定の縛りも解除しておくべきだった。

ここで注目すべきなのは、そうした無理筋な「男系男子」限定に固執する人たちが敬意を払っていた故・安倍晋三元首相の生前の発言だ。

安倍元首相は「『男系男子』固執派」だったのか

安倍元首相は、小泉純一郎内閣の官房長官として、女性天皇・女系天皇を可能とする皇室典範の改正を目指していた同内閣の方針を転換させて、「凍結」(問題解決の先延ばし)へと舵を切った。

また、野田佳彦内閣で検討を進めていた「女性宮家」プランについても、同内閣の後をうけて第2次安倍内閣が発足した直後に「白紙」(問題解決の先延ばし)に戻してしまった。

さらに、自民党が政権を失った野党時代、安倍氏自身の個人的見解として以下のように述べていた。

「敗戦という非常事態で皇籍を離脱せざるを得なかった旧宮家の中から、希望する方々の皇籍復帰を検討してはどうだろうか」(『文藝春秋』平成24年[2012年]2月号)

いずれも、「男系男子」固執派の人たちに寄り添った姿勢だ。

しかし、いささか意外かも知れないが、実はそのような立場で一貫していたわけではなかった。

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