スープがないという特徴を生かし、ウーバーイーツ拡大へ
「ラーメン屋との大きな違いは、焼きそばにはスープがない点です。このスープの存在がラーメンの味を多様化させている魅力であるとともに、むずかしさでもあります。もっとこの特徴を活用してもいいと思うんです」
「どういう意味ですか?」
「焼きそばっていうのは、もともとストリートフードですよね。持ち歩くのに適してるんです。テイクアウトやデリバリーに最適な食品で、多少は冷めても食べられます。客に取りに来てもらえば、ワンオペでもやっていけます。ウーバーイーツの拡大っていうのも、新しい方向性だと思うんです」
知名度さえあれば、ウーバーイーツを通じて効率的に販売できる。これだけは黒田もうなずかざるを得なかった。
ウーバーイーツの良さは、客単価が上昇することだ。どうせ頼むならとオプション追加や大盛りにして1000円程度になることが多く、35%の手数料をとられても650円残る。環状7号線を越えると、外食を面倒に感じる住民が多いのだろうか。新しい焼きそば専門店の姿が示されていた。
しかしウーバーイーツの拡大にも時間がかかるのが現実だった。黒田が選んだのは定休日の返上だ。趣味でバーを開きたいという友人とのコラボで、火曜日も焼きそばを販売することになった。
アルコールも売れるので数万円単位の売り上げになったが、休めないのがきつい。睡眠不足がげっそりとした表情に表れていた。火曜日が休めなくなると、食べ歩きも料理の研究もできなくなってしまう。あらゆることが自分の思いと逆方向に進んでいるようだった。
黒田にとって焼きそばは、一つのステップでしかなかった。将来的にはカレーにも挑戦したいし、海外で成功している業態を日本に導入する手伝いもしたい。地方の名店が東京に進出するときには、店を開いた自分の経験が何らか役に立つはずだ。
思い描いていたのは、いわば食のプロデューサーというべき存在だった。そんな理想がどんどん遠のいていく。現実から目を背けることしかできなかった。(続く)