1日30~40食売れてやっとトントン
7月は猛暑の影響が大きかった。35度を超す暑さに外食する気がなくなるうえに、焼きそばが胃に重く感じるのだろう。一日15食程度しか出ない日もあり、楽天家の黒田もさすがに不安になった。
ようやく変わってきたのは、台風が過ぎてからだ。暑さが落ち着いたことで1日30~40食程度出るようになってきたが、安心していられない。
客一人当たり700円の粗利が出るすると、30食で2万1000円。人件費5000円と諸経費1万5000円を合わせたコストをまかなえたにすぎないからだ。
メニューには、少しだけ手を加えた。一つは辛ウマ焼きそばだ。ソースは変えずに唐辛子を多く加えたもので、なかなかの反応だ。むずかしいのは、人によって求める辛さのレベルが異なるため、満足度に違いがあることだ。すでに激辛焼きそばが欲しいという声もある。
もう一つはランチセットの開始だ。半ライスとドリンクが無料というもので、ミニブタマヨ丼も150円で提供している。そばめしはまだメニューに載せていないが、オーダーする人がいれば提供する。
味には自信があるのに、顧客がついてこない
「厳しいですね。何でこんなに売り上げが伸びないんでしょうね」
帰っていく客に挨拶すると、黒田はぼくの前の席に座った。
「宣伝の効果がまだ出ないのかな? ブログの反応は?」
「ブログは更新に手間がかかるんで、インスタとツイッターにしたんです。グルメサイトはPVが上昇してきましたけど、ランキングではまだまだですね」
「見ているのは若者?」
「いや、中年層が多いですね。若年層はむずかしいですよ。動きが読めないです。グーグルでキーワード検索して店をさがしてるみたいで、取りあえずaumoへの掲載をやってみたいと思っています」
aumoはグリーが提供するウェブメディアで、出掛ける先のスポット情報や店の掲載をしてくれる。スタートしたばかりなのでどこまで効果があるか不透明だが、月単位で契約できるのが利点だ。若者の関心を引きつけないことには、下北沢に出店している意味がない。
「うちの焼きそばが、ありきたりに思えるのかなあ」
黒田はため息をつくと、ライバル店の名前を挙げていった。コシのあるちぢれ麺の「みかさ」、パリッとした両面焼きそばの「あぺたいと」、土手鍋を使って自分でかき混ぜる「油焼きそば専門店りょう」などは、いずれも店でしか味わうことのできない焼きそばを提供している。
いつも強気な黒田も、自分の腕しか頼るものがない不安と闘っていたのだろう。味には自信があるのに、顧客がついてこない。顧客との接点を増やすには、何が必要なのだろうか。チラシ、看板、ローカルブログ、仮想通貨……売り上げ拡大のために、今まで手掛けていないことをつぶしていくような毎日だった。