焼きそば評論家「あれは絶対にやらないのが業界の常識」

焼きそばの売り上げが40食を超えるようになったのは、9月に入ってからだった。日曜日は2週連続で50食を超えた。徐々に上向いているのが実感できるようになり、黒田は仕込みを多めに準備するようになった。

しかし、平日のランチは依然として厳しい。10食程度しか出ない日も多く、早急にテイクアウトやデリバリーを強化する必要があった。

焼きそば評論家として有名な、塩崎省吾が来店したのはこの頃だった。店の前で看板の写真を撮っているところなど、通りすがりの客と異なる雰囲気に黒田が声を掛けたという。

写真提供=塩崎氏
焼きそば評論家の塩崎省吾氏

「独特な方向に進もうとしているというのが、第一印象でした」

後日、新宿駅西口のルノアールで取材したときのことだ。塩崎が指摘したのは、店のレイアウトの特異性だった。

「焼きそば専門店は、ラーメン屋のようにカウンターのみで回転を上げるか、居酒屋業態にして客単価を上げるかにわかれているんです。そのどちらにも向かわない点に、焼き麺スタンドの面白さがあります。あの店は、都心の店で居酒屋業態でもないのにテーブル席を置いてるじゃないですか。あれは絶対にやらないのがこの業界の常識なんです。4人でテーブルに座るような客は、最後に食べ終わる客まで待つのが普通ですよね。カウンターなら食べ終わった人から先に出て行くんですが、これではどうしても回転が遅くなります。その割に客単価が高いわけでもない。やっちゃいけない方向性に突き進んでるんです」

写真提供=焼き麺スタンド
下北沢店の店内の様子。

なぜカウンターだけの店にしないのか

全国の焼きそばを食べ歩く塩崎は、一目で焼き麺スタンドの問題点をいい当てていた。

焼き麺スタンドがカウンターだけの店にしないのは、焼きそば店の印象を変えたいからだ。効率だけを追求すれば、客に厨房の近くで並んでもらうのが一番いい。

しかし油やほこりにまみれた雰囲気を見たくない客もいるだろう。会話を楽しみながら食事をとる団体や家族客が入りやすい店づくりを忘れたくないという、黒田のこだわりが反映されていた。

また焼きそばの味にも、塩崎は満足していなかった。単品では丁寧で完成度も高いが、もう少し刺激があっていい。焼きそば専門店の入門編といった位置づけで、焼きそばを食べ慣れている人間からすると、物足りなく思えてしまう。

せっかく同じ味を大量に作ることのできるオペレーションを持っているのであれば、ソース焼きそばだけでなく、バリエーションを増やしたほうがいいというのが塩崎の意見だった。

これも黒田がこだわっているところだった。看板は重要だ。黒田はソース焼きそば以外の商品を大々的に売り出すのは、味噌ラーメン屋がしょうゆラーメンをはじめるようなものだという。店のポリシーの問題だった。